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だんじり

門川だんじり

門川だんじり


尾末神社尾末神社の秋の大祭は海の豊漁と安全を祈願する。

夜明け前の尾末神社に人が集まり始めると、漁港の広場などの「だんじり」の拠点にも男達が暗闇の中から二人三人と出没してきて人数が整ってきた。

太鼓が静かに鳴りだした。

ド~ントド~ントド~ントドンドン  ド~ントド~ントド~ントドンドン ド~ントド~ントド~ントドンドン。

単調なリズムの繰り返しのこの祭りの太鼓は海に押し出す男達の心意気をあらわしているようだ。



尾末神社の周辺の三ヶ所から繰り出すだんじりは、夜明けにそれぞれの地域を出発して尾末神社まで練
り歩きながら始まっていく。





男達の勇壮な「だんじり」は、約1.5トンの太鼓台の重さを跳ね除けようと、仲間を鼓舞する囃子言葉を掛け合いながら進んでいく。

この囃子言葉の掛け合いは現場においてはその一語一句はよくは聞き取れないのであるが、とにかくテンポが軽快で、なにやらカッコイ~。


文字にすればいささか快く思わないむきはあるにしても、場に臨んで男達が苦痛に耐えてこの囃子言葉を唱えながら太鼓台を担いでいるのを目の当たりにすると、確かにこの囃子言葉はこの「だんじり」にとっては他に代え得るものはない。









祭りの日に乙島から昇る朝日♪ 一かけ二かけ三かけて 
♪ 尾末神社のお祭りに 
♪ 橋の欄干腰掛て 
♪ 尾末青年の勢いを 
♪ 今日の良き日を勇ましく
♪ 乙島、竹島、ビロガ島 
♪ 乙島巡りのくろはげは 
♪ いっさん畑のまめさやは 
♪ おおかかまめなかたっしゃかな 
♪ あの山越えれば芋畑 
♪ ・・せんたててがんたてて 
♪ よんべ来たやたなしこんか 
♪ 姉さんぼっぽをせりわった 
♪ 去年の節句の穴さらえ 
♪ うんが・・うんがてでうんがくじれ 

漁協前の広場での競り合い♪ 一ちょべら二ちょべら三ちょべら 
♪ しかけた太鼓台がやめらろか 
♪ 年寄り子供は皆詣れ 
♪ 心を揃えて勇ましく 
♪ 浮島祭りは今日なるぞ 
♪ 親も黒けりゃ子も黒い 
♪ ひとさや走れば皆走る 
♪ 達者であろうがあるまいが 
♪ いのじしゃ芋くて芋屁ひる 
♪ ちょきちょきやるのはがんほどき 
♪ ・・・・が腐れて毛がなえた 
♪ 去年の節句にせりわった 
♪ 穴も太れば毛もはえる 
♪ うんが・・うんがてでうんがくじれ 
♪ いかなるけまらかたてまらか











尾末神社は京都出身の黒木主計守藤原朝臣重兼が1105年に京都の馬喰町の北野天満宮の神霊を移して創建されたという。

祭神は菅原道真と底筒男命(そこつつおのみこと)中筒男命(なかつつおのみこと)上筒男命(うわつつおのみこと)となっている。

底筒男命、中筒男命、上筒男命は妻であるイザナミと別れてきたイザナギが黄泉の国から戻り、日向の橘の小門(をど)の阿波岐原で禊をした時にそれぞれ水底、水中、上面で生まれた神々で、住吉大神と言われ、海上守護の神として漁業航海の人々に尊崇されている。
アマテラス、スサノオ、ツキヨミはその直後に生まれたことになる。

十月二十四日が前夜祭でお日待神楽が奉納されて、翌二十五日の早朝に水浴して体を清めた二十四人が神輿を担いでの御神幸に伝統の大太鼓が三台加わってだんじり練りが行わるのが仕来りである。

名物の大太鼓は尾末、上納屋、下納屋の漁業の町から出る。

大太鼓の重さは約1.5トンで40人程で担ぐ。
女の子と見紛うような派手な色の長襦袢に長いたすきをかけた少年達が太鼓をたたく。
少年達は激しく揺すぶられても、またヤグラが地面に落とされても転げ落ちないように体を柱に括りつけている。

ド~ントド~ントド~ントドンドン  ド~ントド~ントド~ントドンドン
『やれさせ やれさせ さっさっさっ やれさせ やれさせ さっさっさっ』

尾末神社の秋の大祭はほぼ完全な姿で伝統を今に伝えているが、他の土地のだんじりとは違い観光客誘致を目的としていないために門川町の近隣の地域にさえ認知度は極めて低い。

それゆえにこのだんじりは価値が高い。







だんじりが通って行った跡の道路には、緒の擦り切れた草鞋が、バラバラになった藁屑とともに散乱する。

朝、昼、夕と、擦り切れ草鞋はだんじりが通るたびに男達の奮闘の痕跡を残す。

夕方のクライマックスのあとの道路には草鞋と藁屑が多く散乱して、そこに晩秋の風が吹いて舞う。

それはまさに、激しいだんじりと、それに触発された観衆の熱気が生み出す坩堝(るつぼ)が、祭りの後の

寂寥感と入れ替わる一瞬。


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