神楽 |
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高千穂夜神楽 |
| 高千穂夜神楽の起源は高千穂神社に伝わる「十社大明神記」の文治五年(1189)に神楽についての記録があり、それは平安時代末期まで遡ることになります。 高千穂夜神楽の構成や集成には日本の民族宗教に高い知識を持った修験僧(達)が深く関わったもので、陰陽五行説の思想などを用いたその証左は舞処の構造、舞いぶり、唱句などにおいて随所に見られます。 明治5年の修験道廃止令、第二次世界大戦、戦後の高度成長期などを経て宮崎県内の神楽の継承集落は以前の半分に減ってきています。 それでも最近のある調査によれば、県域では年間延べ350箇所で神楽が舞われていて、中でも夜を徹して舞う夜神楽は80箇所に及ぶのですから抜きん出た日本一の神楽王国なのです。 高千穂神楽は高千穂町に分布する二十余箇所の神楽の総称です。 天孫降臨の先導役をした猿田彦の「彦舞」にはじまり天照大神が天の岩戸から出てくる「舞開き」、そして八百万神がそれを喜び舞うフィナーレの33番までの、おそらく世界で最長時間にわたって演ずる舞台「高千穂夜神楽」は洗練されて成熟した国指定の重要無形民俗文化財です。 |
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| 高千穂夜神楽 | ![]() 高千穂町押方地区の五ヶ村神楽の氏神様は中畑神社に祀られています。 夜神楽の当日の昼過ぎに村の男達が中畑神社に集まって「神迎え」の神事を行います。 そのあと、社務所での直会(なおらい)をして男達はそれぞれ集落に戻っていきます。 ![]() 神の道に張られた道注連(みちじめ)に案内されるように神楽宿まで道神楽が行われます。 ![]() 道神楽を舞いながら神楽宿に到着すると、古式豊かな神楽歌を唱和しながら外中連(そとじめ)のまわりを三回まわります。 そしていよいよ神楽宿に「舞い入れ」となります。 ![]() 内中連(うちじめ)=神庭(こうにわ)の中に氏神が舞い降ります。 「神庭」は、神前を東と定め、太鼓の座が南、外注連が西になります。 東の神座(写真右手)には、皇大神社の「筥宮(はこにわ)」を中心に神面(おもて様)を置き、神酒や米、野菜、餅などの神が供えられます。 二間四方の四隅には、竹と榊を立て、注連縄(しめなわ)と「彫り物(えりもの)」と呼ばれる和紙の切り絵の飾りが飾られます。 「彫り物」は中央の鳥居、子授安産豊穣の「湯襷(ゆだすき)」、自然界の中央の土徳神、四方の木、火、金、水徳神、十干十二支等の切り絵が配され、神仏習合の陰影五行説の影響が見られます。 高千穂の注連縄は七五三で編まれ、天神七代、地神五代、日向三代を意味しています。 このように祭場に自然界の神々と里人との絆が表現されて、その結界の中で一年に一度、高千穂の人々は神々と一体となり、「神遊び」を行うのです。 ![]() 33番まである夜神楽は、まず彦舞によりはじまります。 猿田彦命は神庭の注連の中をぐるぐる回ったり、机の引き出しをひっくり返したような木製の箱に乗って四方を拝みます。 この机の引き出しのように見える木製の箱は天の浮橋に見立てた一斗枡です。 瓊々杵尊(ににぎのみこと)が天降りしようとしたときに、天の八衢(やちまた)に立って高天原から葦原中国までを照らす神がいました。その神の鼻長は八咫、背長は七尺、目が八咫鏡のように、またホオズキのように照り輝いているという姿(天狗の原型)でした。 そこで天照大神と高木神は天鈿女命(あめのうずめのみこと)に、その神の元へ行って誰であるか尋ねるよう命じました。その神こそ猿田彦命で、瓊々杵尊の先導をしようと迎えに来たのでした。 瓊々杵尊は高天原を離れ、天の浮橋から浮島に立ち、日向国の高千穂の久士布流多気(くじふるたけ)に天降りました。 一斗枡はその天の浮橋にみたてたものです。 ![]() 太殿(たいどの)の唱教の序章は次のようなものです。 そもそも太殿と申し奉るは、この所を高天の原と定め、東西南北に注連を引き、五色の幣帛を飾り、天孫降臨御供養の三十二神、天神地神八百万の神、当所の氏神勧請し奉る。諸願成就の御注連とは、拝み奉り給うものなりや。 そして序章に続いて東の注連を春の景、南の注連を夏の景、西の注連を秋の景、北の注連を冬の景、中央の注連を土用の景として、ここでも五行説を用いた情感豊かな詩章、それはまさに高い教養の持ち主が作り出した格調かつ美文調の詩章を誦じます。 ![]() 高千穂の神楽は天照大神(あまてらすおおみかみ)がその弟、須佐之男命(すさのおのみこと)の乱暴狼藉に怒り、天の岩屋に隠れたときに、世界は暗黒に包まれてしまい、八百万の神々は天安河原で会議を開き、ストリップの元祖といわれる天鈿女命(あめのうずめのみこと)がセクシーにそしてコミカルに踊ったのが始まり伝えられ、収穫の感謝と翌年の豊穣を祈願する、高千穂に古代から伝わる伝統のお祭りです。 一番 天孫降臨の先導役をつとめた猿田彦命(さるたひこのみこと)の一人舞に始まり、ようやく二十五番になって天鈿女命(あめのうずめのみこと)の登場で、しかし、ストリップの元祖といわれるには気品に満ちた優雅な舞があり、その後二十六番で赤面をかぶった力感が溢れる手力雄命(たぢからおのみこと)の舞、と展開します。 ![]() 11月末から2月にかけて行われる高千穂夜神楽は、神楽宿となっている民家の建具を開け放して神楽舞が行われます。神楽宿の中で神楽舞を見る場合でも深夜は激しく冷え込みますので、十分な防寒対策が必要です。 神楽宿の所在は明るい時間帯に確認をしておくのを薦めます。 細くて、暗い坂道を歩いていくと「こんなとこに神楽宿…」という感じで明かりを見つけて、近づくと神楽の笛や太鼓が聞こえてきます。 庭には一晩中焚き火が焚かれ、竹を徳利にしてお燗をする「かっぽ酒」や煮物などが振舞われますが、本来、年に一度降臨する神々と里人が、神人一体となる直会(なおらい)の料理なのです。 神楽宿は家の改修工事やその他の事前準備の費用、当日の費用等々、かなりの経済的な負担があるようで、高千穂夜神楽を観覧に行く場合には、必ず受付がありますので金品を御初穂として供えるようにしましょう。 |
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