日豊海岸国定公園 

日豊海岸国定公園(宮崎、大分県境)

日豊海岸国定公園は大分県佐賀関半島から宮崎県日向市の美々津海岸に至る、約120Kmに及ぶ出入りの激しい海岸である。

四国と九州を分断する豊後水道を形成した九州山地の地盤変動によるもので、陸地が沈水してできたリアス式海岸となっている。

日豊海岸は海中景観が美しく、黒潮の影響で水温が高く、そして透明度もあるために珊瑚類が多く生息しており、特に島浦島の北東部には、日本一の規模を誇る「オオスリバチ珊瑚礁群」があって、一級のダイビングスポットの海中公園となっている。

延岡市北浦町は水産業が盛んで、「北浦灘アジ」「ひむか本サバ」「宮崎カンパチ」は「宮崎のさかなブランド」に認定されている。

日豊海岸国定公園は全体に入り組んだ岩場と黒潮による複雑な潮流が生じるために、磯釣りの一級ポイントが数多くあるのも特徴。


写真は直海港(のうみこう)の背後の山上にある県境の展望台からの眺望(大分方面)で、名護屋崎、屋形島、背平山など大分県佐伯市蒲江の浦々が入込んだ海岸線を見ることができる。

下阿蘇海水浴場(日豊海岸国定公園)
 下阿蘇海水浴場

直海(のうみ)港から南に下ると宮之浦があり、そして北浦の中心街に至る。
国道388号線に入り、延岡市街地方面に向かい緩やかな坂を上って行き、いくつかトンネルを抜けて坂を下ると下阿蘇海水浴場がある。

対岸にはメキシコ女王伝説の島浦島(しまのうらとう)が見える。
島浦島は日豊海岸国定公園の中で最大の島で、この一帯は国定公園の中でも有数の景勝地となっている。

島浦島とそれに連なる大小の小島が下阿蘇海岸の囲んで天然の防波堤の役目を果たしているため、ここはいつも穏やかな波となっている。

毎年6月初めに宮崎県内で最も早く海開きをする下阿蘇海水浴場は、道の駅北浦、浜木綿村公園、キャンプ場、自然塩工場などの施設がある。

熊野江海水浴場(日豊海岸国定公園)
熊野江海水浴場  

熊野江海水浴場は、約800mの砂浜が続く穏やかな海岸で海沿いに松の林が続き水が美しい。

地元の人しか知らない隠れスポット「秘密の渚」があるという。

その「秘密の渚」は海がとても綺麗な海岸と言う。

須美江海岸(日豊海岸国定公園)
 須美江海岸

熊野江海水浴場を過ぎると須美江になるが、湾の北側に須美江家族旅行村がある。

「すみえファミリー水族館」「ケビン」「オートキャンプ場」などの施設があり、家族で楽しめる。

須美江湾は「土瓶の口」状の入口と「土瓶」状の奥行の形状をしていて、現在港のある場所などは外海を航行する船からは完全に死角となっていて、その意味において海賊などの拠点としては申し分がない。

そういう形状の湾であるため、この海も極めて波は穏やかで、湾を取り囲む緑も濃く、贅沢な閑散を楽しみながらの海水浴ができる。

須美江海水浴場を過ぎて、世界中のクワガタ・カブトムシが約300匹飼育されている「ビーチの森すみえ」前で左折すると、須美江から浦城への海岸沿いに、今はあまり車が通らない道がある。

道の海側は樹木が生い茂っていて視界を遮り、海岸の眺めが閉ざされているが、とても美しい海岸が続いている。

(ことばあそびの歌 )
日本乃木さん凱旋すずめじロシやばんこクロポトきんのたま 負けて逃げるはチャンチャンぼう ぼうで たたくは犬ころし シベリア鉄道とうけれど 土瓶の口からはきだせば 婆の年は八十二 ・・・

浦城海水浴場(日豊海岸国定公園)
 浦城海水浴場

浦城は、かつて海賊の拠点があったといわれる。  

浦城水軍は四国伊予の海賊・河野一族の流れをくむと言われ、そのせいか、この地域には「河野」姓が今も多くいる。

中世以前、ここを拠点にした海賊たちは、沖合を通る船に襲いかかり、巧みな操船技術と鍛えた武力で積み荷を奪った。

海賊は天正(1573―92)のころ、豊後の戦国大名・大友宗麟から攻められた。

海賊の首領・松田義清はオウヤ千軒にあった山城に立てこもり抗戦したが、ついに破れ、切腹して果てた。

海賊は略奪した品物を密かに蓄えていたが、敗れ去った後もその財宝は発見されずいるという。  

長浜(日豊海岸国定公園)
 長浜海岸(五ヶ瀬川河口)

長浜海岸は北川、祝子川五ヶ瀬川の3つの川(五ヶ瀬川水系)が作った砂の海岸で、それに沿って美しい松林が連なる海岸ある。

3つの川は「方財」付近で合流して1つになって日向灘に注ぎ、上流から運んできた大量の砂を方財から長浜にかけて落とし、それらは日向灘の荒波に押し返されてこの海岸に堆積した。

長浜海岸は江戸時代の有馬氏、内藤氏の延岡城下の絵地図、伊能忠敬の延岡地図を見ても、長浜海岸には松林が描かれていて、当時も美しい海岸であったことが窺える。

この長浜海岸があるために延岡市一帯の海岸はリアス式の日豊海岸国定公園の中で入込みのないなだらかな海岸のように見えるが、五ヶ瀬川水系が作った三角地帯が造成される以前の地形を思い描くと、佐賀関から始る日豊海岸国定公園の中でも有数の激しい出入の海岸であることがわかる。

市民が憩う愛宕山は今の島浦島のように離島であったことが容易に想像できる。

長浜海岸は、延岡市民に親しまれてきた自然公園で、延岡市内の学校の多くが、ここを遠足の場にしてきたし、各地区、職場、団体のレクリエーション、あるいは恋人たちのデートスポットになってきた。

写真は正月前の寒い日の朝、五ヶ瀬川河口から撮った。

門川町の遠見山からの眺望(日豊海岸国定公園)
 遠見山(門川町)からの眺望
 
枇榔島(日豊海岸国定公園)
 枇榔島

門川町の沖合い7kmのところに浮かぶ枇榔島は国の天然記念物のカンムリウミスズメの世界最大の繁殖地である。

NHKの「ダーウィンが来た」でもとりあげたほどの貴重な天然記念物が門川町の鼻の先の海にある。

この枇榔島は絶好の釣のポイントでもある。

細島灯台からの眺望(日豊海岸国定公園)
 細島灯台からの眺望

細島灯台日向岬の先端部分の有名な馬ケ背を見下ろす位地にある。

写真は灯台の敷地から枇榔島とその左に(門川町の)遠見山方面を撮った。

海を行く船団は、毎年7月に行われる「細島みなと祭り」の模様。

細島八幡宮の御神体をのせた神輿が、大漁旗に飾られた漁船団に守られて海上を御神幸(神輿海上渡御)して航海の安全と豊漁を祈願をする。

日向岬の柱状節理(日豊海岸国定公園)
 日向岬の柱状節理
 
小倉ケ浜の眺望(日豊海岸国定公園)
冬の小倉ケ浜
 
小倉ケ浜の眺望(日豊海岸国定公園)
小倉ケ浜海水浴場

囲碁で使われる白石で最高の品とされているのは日向市産の蛤から作られる碁石である。
現代の技術を駆使しても何故か、小倉ヶ浜の蛤は、他の海岸で採れる蛤には真似がができない蛤碁石のできる蛤だという。

約1200年も前、空海(弘法大師)は遣唐使の役目を終えて大宰府に到着した後約1年間九州に滞在した。
その間のことであろうか、日向の国の小倉ヶ浜、金ヶ浜を訪れたのであろうか、空海は伝説を残した。

この浜は昔から蛤のよく採れるところでしたが、ある日、(お倉ヶ浜で)お倉という娘が貝を採っていた。
そこに一人の僧がお倉のもとにやってきて、お倉が採った蛤を見て「その蛤をいくつか分けて下さらぬか」と言った。
お倉は「ここでは蛤はいくらでもございますのでお好きなだけお持ち下さい」と籠の蛤を差し出した。

「お前様の名は何と申されるか」
「お倉です」
「お倉と申されるか、それではこれから後、この浜を小倉ヶ浜と名付けて後の世まで蛤がよく採れる浜にしてあげよう」
と言い残して歩いて行った。

その隣の浜にはお金という女人が蛤を採っていた。
そこに一人の僧がやってきて、お金が採った蛤を見て「その蛤をいくつか分けて下さらぬか」と言った。
お金は「これは蛤ではない。蛤に似た石じゃ」と言った。

「お前様の名は何と申されるか」
「お金じゃ」
「お金と申されるか、それではこれから後、この浜を金ヶ浜と名付けて後の世まで石ばかりの浜にしてあげよう」
と言い残して歩いて行った。

アカウミガメの産卵場所としても貴重なこの海岸で獲れる蛤を食材にした蛤ご飯はその煮汁で炊き込んだ日向の逸品である。

「小倉ヶ浜」は「日本の白砂青松100選」と「日本の渚100選」に選ばれている。

金ケ浜の眺望(日豊海岸国定公園)
 冬の金ケ浜海水浴場
 
 
Copyright (C) ようこそ宮崎 All Rights Reserved