宮崎 観光地

宮崎 観光地


宮崎の観光地
宮崎の観光地を北から南まで一覧表にして紹介します。
  
■高千穂峡
高千穂峡は阿蘇山の噴火で噴出した溶岩が、五ヶ瀬川に沿って流れ出し、急激に冷やされて柱状節理の懸崖を造形したもので、その見事な深い峡谷は約7Kmにわたって続きます。七つ池と呼ばれる甌穴や真名井の滝を見ることができます。
■国見ヶ丘
神武天皇の御孫の建磐龍命(たけいわたつのみこと)が筑紫の国の統治の命を受けて下日向県(しもひゅうがあがた)を経由して、この地に立寄られ、周囲を見下ろされました。
そのことからこの地は「国見ケ丘」と呼ばれるようになったと伝えられています。丘の麓の中畑神社は建磐龍命をお祀りしています。11月から12月にかけての早朝の「雲海」のビューポイントとして有名です。
■高千穂神社
十一代垂仁天皇の勅命によりわが国で初めて伊勢神宮と高千穂宮が創建されたと言われる古社で、その際に用いられたと伝えられる鎮石(しずめいし)があり、本殿は国指定の重要文化財になっています。
長年この土地の人々を苦しめてきた荒神(鬼八三千王)を退治した三毛野命(神武天皇の兄)とその妻子神を「十社大明神」として祀ったのが高千穂宮の始まりと伝えられています。
鎌倉時代、源頼朝の名代として畠山重忠が天下泰平の祈願のために代参した際に献納した鉄製鋳造狛犬一対も本殿とともに国の重要文化財に指定されています。また、境内にある樹齢八百年の杉は「秩父杉」と呼ばれ、畠山重忠が植えた杉と伝えられています。
■天岩戸神社
高千穂峡と同じく、阿蘇山から流れ出た溶岩が、岩戸川の流れによって削られできた渓谷周辺の岩戸地区の奥まった所に天岩戸神社は
あります。
天岩戸神社は
岩戸川を挟んで東本宮と西本宮があり、東本宮は天照皇大御神、西本宮は大日霎命(おおひるめのみこと)を祀っていますが、どちらも天照大神のことです。
西本宮は本殿を持たず、日本神話の天岩屋と伝えられる洞窟を神体とするために拝殿があるだけの極めて珍しい形式だそうです。
天照大神がお隠れになったと言われる天岩屋は西本宮の岩戸川の対岸にありますが、神官も立ち入ったことのない聖域となっていてとても神秘的な場所です。
創建の時期等は不明ですが天照大神の孫にあたる瓊瓊杵尊が鎮祭したのが神社の起源であると伝わっているそうです。

西本宮から岩戸川沿いを上流に向って約500m行ったところに、八百萬神が会議を開いた伝わる天安河原があります。
八百萬神が祀られていて、石を積んで願い事をすると沢山の願い事が叶うと伝えられ、沢山の小石が積まれています。中風に効くという信仰の対象でもあり、ここも独特の神秘的なゾーンです。
高千穂夜神楽
天の岩戸伝説に由来する国指定の重要文化財「高千穂夜神楽」は毎年11月中旬から翌年2月初旬まで町内の民家などの(2006年の場合)19箇所の神楽宿で夜を徹して行わます。
高千穂神社においては観光客を対象にした、33番の内から4番だけのダイジェスト版が毎日おこなわれています。
■鹿川渓谷
祖母傾国定公園の東の端(延岡市の市街地から北西に約20km)に標高1634mの大崩山があります。
ニ千万年前以上前に大崩山の造山活動のときに南側が約40kmにわたって地盤が裂けて、そこに花崗岩脈が噴出してできた行縢山脈は、東から可愛岳、行縢山、茶臼山、比叡山、矢筈岳、丹助岳と並んでいます。
鹿川渓谷は国の指定名勝の比叡山と矢筈岳の間を流れる網ノ瀬川の上流にあって、標高は約550m、川の底に岩盤が露出した素晴らしい渓谷です。
  
■ETOランド
延岡市(旧北方町)にある自然派アミューズメントパークです。延岡市の北方ゴルフ倶楽部の少し西から六峰街道を登って行き、遠く延岡市街地の先の日向灘をも見渡せる、標高868mの速日の峰にある「ETOランド」は、スキーはもちろんスノーボードも滑走可能な国内最大級の人工芝スキー場をはじめゴーカート,ミニコースター,スーパースライダー,レーザーガンゴルフ,パターゴルフ,コミックカー,電動カート,観光リフト 等のアミューズメント施設、風力発電所,風と電気の博物館等の学習施設、貸別荘等の宿泊施設などがあり、遊んで,学んで,泊まれる所です。
■鮎簗
清流五ヶ瀬川には、中流域の川水流、岡元、そして下流域の延岡市内の三ヶ所、毎年10月から12月上旬にかけて、300年以上続く伝統漁法の「鮎やな」が架かります。
やなでは、子持ち鮎の塩焼きや味噌焼きが味わえます。また、このやなの鮎を焼く香りが環境省の「かおり風景百選」に選ばれています。
■天下一薪能
豊臣秀吉は角坊(すみのぼう)に能の有名な面の写し面をさせた際にそのあまりの出来栄えのよさに「摸面天下一」の朱印状を授けました。このとき以来、角坊は「天下一若狭守」の焼印を押すようになったようです。以来出目助左衛門の「天下一是閑」出目満庸の「天下一友閑」井関家重の「天下一河内」大宮真盛の「天下一大和」出目満喬の「天下一備後」児玉満昌の「天下一近江」と七人が天下一を称しました。
平成5年に内藤家(三河以来徳川家に仕えた普代大名)17代当主より延岡市に能面66点が寄贈がなされましたが、その中には天下一若狭の23点をはじめ、合計30点の天下一の焼印があり、国内で傑出したコレクションとなっています。
この貴重な文化財を活用するために1997年から人間国宝片山九郎右衛門氏らの賛同があって毎年10月に公演が開かれています。
この時期にあわせて、内藤記念館では狂言面も加えて展示会を開き、市民ボランティアが説明をしています。
■延岡リアス式海岸
北浦町が2006.02.20に延岡市と合併しましたので、「ようこそ宮崎」では日豊海岸国定公園の内、延岡市北部の東海地区から大分県境までを特に「延岡リアス海岸」と呼ぶことにしましょう。この海岸は特に出入りの激しいリアス式海岸で
かってその出入りの多い海岸の一つの浦城を拠点に松永海賊が日向灘を制していました。
「浦城海水浴場」「須美江海水浴場」「熊野江海水浴場」「下阿蘇海水浴場」はいずれも水質最高の「AA」で、加えて景観の素晴らしい海水浴場です。
延岡市街地から車で約20分のところに「須美江家族旅行村」があります。その入口には須美江湾を一望できる山まで一気に登るモノレールの「ビーチの森すみえ」があり、そこでは世界中のクワガタ・カブトムシが約300匹飼育されています。4面あるテニスコートの横を通り過ぎると須美江海水浴場です。湾の外れに小さな清流の須美江川が注ぎ、川の向かい側の浜辺はカップル向きといえるでしょう。SUNビーチ須美江橋を渡ると「すみえファミリー水族館」「ケビン」「オートキャンプ場」などの施設があり、家族で楽しめるゾーンです。
島野浦(島)の北東部には、日本一の規模を誇る「オオスリバチ珊瑚礁群」があって、一級のダイビングスポットになっています。
北部の北浦は水産業が盛んで、「北浦灘アジ」「ひむか本サバ」「宮崎カンパチ」は「宮崎のさかなブランド」に認定された物産です。
「延岡リアス海岸」一帯は入り組んだ岩場と黒潮による複雑な潮流が生じるために、磯釣りの一級ポイントが数多くあります。
  
■日向岬
この一体の海岸は、いたる所に柱状節理の岩(上から見ると6角形の形をした柱のように見える岩)が連なっています。その中にあって、全国に知られた福井県の東尋坊に比べて勝るとも劣らない、(つまり勝っている)高さ70m長さ200m幅10mの規模でダイナミックに柱状節理の岩の中に細く深く切れ込んだ海面からそそり立つ馬ヶ瀬の断崖は素晴らしい景観です。馬ケ背という名称はこの小さな岬を先端まで歩いて行くとあたかも馬の背骨の上の道のように感じます。つまりその形状からきたものと思えます。
■伊勢ケ浜
水質、設備、景観ともに“五つ星”の伊勢ヶ浜海水浴場は、平成13年度に環境省選定の日本の水浴場88選に選ばれています。さらに同じく環境省選定の快水浴場百選にも選定されていて、県の環境管理課の水質検査でも最高の「AA」という、正に折り紙つきの海水浴場です。
その南側の隣接したところに、日知屋城址、また、天孫降臨のニニギノミコトが遊幸したという「神座(かみくら)」や「さざれ石」がある「大御神社」があります。
■美々津
江戸時代から大正にかけて上方との交易の拠点で栄えた港町です。江戸元禄年間には回船問屋や商家が数多く軒を連ねていて「美々津千軒」と呼ばれて大いに繁栄しました。
昭和55年日向市に寄贈された市指定文化財「旧廻船問屋、元河内屋」は、昭和57年、国県の補助を受け、総工費約6,000万円をかけて安政2年(1855年)の商家「河内屋」に復元されたもので、日向市歴史民俗資料館として、この町並みに開館し、全国的に珍しい河口に面した港のある江戸時代の町家をしのぶことができます。その上町、中町、下町は重要伝統的建造物保存地区になっています。
神武天皇の東征出航の地として有名でその地名や祭りや食べ物など風習の様々に神武天皇の足跡が色濃く残る土地です。
  
■椎葉
縄文時代に始まったとされる「焼畑」が、ささやかですが、全国でここ椎葉だけで受け継がれています。焼畑は4輪作で、1年目は蕎麦、2年目は稗若しくは粟、3年目は小豆、4年目は大豆で、その後に木を植えて山に戻して地力の回復を20~30年待って、また焼きます。

村の96%が山林に覆われた椎葉村には紅葉の名所である「尾前渓谷」があって、ここはヤマメ釣りの一級ポイントです。
大河内地区の山には約3000ヘクタールの、ブナなどの広葉樹が多く自生してる九州大学の演習林があります。地区にある「大河内森林ガイドの会」には樹木の識別や森の生態の論文など、大学が課す試験に合格した認定インストラクターがいて、その同行を条件に通常研究以外では入れない演習林の一部を開放をしています。
高い山々に囲まれた利根川集落の利根川神社に樹齢800年という「八村(やむら)杉」がそびえ立っています。樹高54.4m、幹周り19mの巨樹が村人の言う「大八郎の性分」に似て真っ直ぐに天を突き、その周囲にも同じような樹齢の木々があって、さながら「巨樹の野外博物館」の様相です。集落の大半は「那須」姓で大八郎の子孫と伝承されています。集落と巨樹群は国の重要伝統的建造物群保存地域に指定されています。
「椎葉平家まつり」は毎年11月に村に伝わる平家伝説にちなみ、平家追討の命を受けた那須大八郎と平家の鶴富姫の悲恋をしのぶ「大和絵巻武者行列」が最大の呼物です。
そして全国的に有名な民謡「ひえつき節」の舞台です。宮崎の民謡
■御田祭
970年の伝統を持つという美郷町西郷区(旧西郷村)田代神社の御田祭(おんださい)は毎年7月第1日曜日に御神体を近くの上円野神社よりお迎えし、上の宮田から中の宮田への御神幸により行われる田植祭りです。
祭りは、古来から世襲制の家柄が古式の祭事役(ミヨド・ウナリ・ノボリモチ)を務め、宮田の整地から田植えを行い、豊作と無病息災を祈願します。
この祭りには、催馬楽(さいばら)の歌詞も伝えられ、古来の稲作神事がしのばれる近郷では珍しい民俗行事で、県指定の無形民族文化財になっています。祭りのメインとなる二日目は、はじめに神楽を奉納して神田の中に牛馬が入ります。そして若者が裸馬を見事に乗り回して田圃の泥水を跳ね上げて回ります。観客は馬が近づく度に歓声ををあげて避けますが、その泥水を浴びるとご利益があるといわれています。若者のお神輿も田圃の中を練り歩き、最後は若者達が田圃の中でお互いを泥の中に担ぎ落とすという、少々乱暴な中に信頼関係を築くという微笑ましさもあり、子供神輿の可愛さや早乙女達の田植やら、観光客の多くは楽しんで満足しているようです。
百済の館
約1,300年前に朝鮮半島の百済が滅亡して、その王族達が亡命してきたという「百済王伝説」にちなむ資料館です。

「百済の館」は韓国の「扶餘」の王宮跡に建つ、「客舎」をモデルに、日韓交流のシンボルとして造られました。韓国大使館などの協力を得て建てられており、屋根の反り返りや色使いがとても鮮やかな美しい建物です。瓦や敷石は、韓国から取り寄せられ、梁や軒の赤、青、緑といった極彩色の丹青(タンチョン)は、韓国の名工によるものです。館内には、百済時代の国宝・重要文化財のレプリカなどが展示されています。     
                          詳細は「師走まつり」
  
■尾鈴山とその瀑布群
牧水の歌に詠まれた、標高1405mの尾鈴山は、都農町と木城町と日向市の境にある山です。
山の神は時折白馬に跨がり、都農一宮神社や都農の海岸に出かけられ、その時に白馬の首にかけた鈴の音が、空に鳴り響いたので、「お鈴様」と呼んだというロマンチックないい伝えがあります。
春にはアケボノツツジや九州一の大群落といわれる自生のしゃくなげ、秋、冬には尾鈴寒蘭やキバナノツキヌキホトトギスと呼ばれる珍種がみられます。
尾鈴県立自然公園内にある尾鈴キャンプ場は、毎年7月1日がキャンプ場開きです。
キャンプ場の周囲には『日本の滝百選』に選ばれた矢研の滝や大小30ほどの滝が集まった尾鈴山瀑布群(国指定名勝)があり、渓谷美を楽しむことができます。
山小屋、バンガロー、貸しテントが有り、シーズン中にはソーメン流しや売店も開設されます。
西都原古墳群
西都原古墳群は1969年に「風土記の丘」構想の全国で第一号として整備され、国の特別史跡公園になりました。
東西2.6Km南北4.2Kmに及ぶ広いエリアに311基が存在していて、その内訳は前方後円墳31基、方墳1基、円墳279基となっていますが、他に横穴墓が10基、南九州特有の地下式横穴墓が12基確認されています。
中でも特に有名な男狭穂塚、女狭穂塚の両古墳は、被埋葬者は伝承のニニギノミコト、コノハナサクヤヒメ説をはじめ諸説あって、古代日向国のロマン満喫できるエリアです。
春は30万本の菜の花と2000本の桜が咲き、秋には300万本のコスモスが西都原の大地を覆い尽くします。
2004年には西都原考古博物館が完成して最新の設備で西都原周辺の歴史や考古学の研究成果を紹介しています。
  
綾の照葉大吊橋
温帯常緑広葉樹林には2つのタイプがあり、一つは地中海地方に見られる硬葉樹林です。
夏に雨が少ないため、葉が堅くなったオリーブに代表される樹木からなる森林で、現在は自然林としてはほとんど残っていません。

温帯常緑広葉樹林のもう一つが、照葉樹林です。
夏に雨が多く暖かい温帯に分布して、葉は硬葉樹より大きく、表面のクチクラ(Cuticula)が発達して光って見えることからその名が付いています。

照葉樹林は、人間の行う伐採などによって落葉広葉樹に移り、またさらにスギやヒノキの植林などによる人工林へ移ってしまい、大部分は既に失われてしまって、まとまった面積のものは、綾町の照葉樹林だけとなっていて、ユネスコ世界自然遺産登録への動きがあります。
「綾の照葉大吊橋」は長さ250m、幅1.2m、水面からの高さ142mで、歩道吊橋では世界有数です。
(財)森林文化協会・朝日新聞社の「21世紀に残したい日本の自然100選」では「綾北、綾南川沿いに世界でも最大規模の照葉樹林ひろがる」ことを理由に選定されたほか、「日本の名水百選」、「森林浴の森百選」などにも選ばれています。
■サンマリーナ宮崎
「みやざき臨海公園」の中にある「サンマリーナ宮崎」は黒松の美しい一ッ葉浜を南北に走る一ッ葉有料道路からアクセスします。
陸上21.9ヘクタール、海水面9.8ヘクタールの同マリーナは、大型ヨットクルーザー、モーターボートを102隻係留する能力があります。
海の見える展望台や緑地広場などの環境が整っていて、「釣公園」では年間を通じて釣を楽しむことができます。
■平和台公園
宮崎市の北西部の小高い山にあります。
公園には越ヶ迫池、新池の2つの池があって、周囲は自然の広葉樹林と、杉などの人工の針葉樹林があり、それらが美しく調和しています。
池の周辺や山の尾根に沿って散策路があって絶好の散歩コースとなっていて、公園の北側にはアスレチック施設や運動広場があります。
広場の中央には、1940年に神武暦2600年を記念して、多くの県民の労働奉仕によってできた、公園の顔というべき「平和の塔」がたっています。
また、公園には全国で出土した埴輪(はにわ)や土偶の複製約400点を配置した「はにわ園」と、県総合博物館の提供による埴輪や石器類約90点が展示された「はにわ館」があります。
東京の日々谷公園とは姉妹公園になっています。
宮崎神宮
かって、神武天皇社と呼ばれた神社で神武天皇を祀る。天然記念物のオオシラフジは根回り3mの巨樹。
■宮崎県庁
1932年に竣工した重厚なゴシック風の建物は全国の都道府県でも、大阪府、神奈川、愛媛県に次いで4番目に古いものです。
中央の玄関から、左右対称に翼を広げたような姿は均整がとれていて、また、柱で縦の線を強調した壁面も威厳があって全体にとても美しい建築物です。
正面のフェニックスは、本館建設と同時に移植されたもので、樹齢は約100年です。
■楠並木のコリドール
県庁の前を東西に走る4車線道路を長さ約100mにわたって完全に覆い尽くして緑のトンネルをつくる楠の並木。
宮崎県庁を訪れるものが一応にその並木に驚きます。
碑文にあるようにそれは正しく「南国宮崎にふさわしい全国に誇れるコリドール(回廊)」となっているのです。
これらの楠は現在の県庁舎が完成した1932年の翌年に旧知事公舎などから28本を選んで移植したものです。
1986からは毎年春と秋に道路を歩行者天国にした「楠並樹コリードール」が開催されていて、楠の並木をライトアップして音楽演奏の会場にするなど県民の豊かな文化の交流と憩いの場となっています。
■椿山森林公園
椿山森林公園は、宮崎市の南西部、北郷町との境界に位置し、戦後の拡大造林によって山の頂上まで飫肥杉が植林され、市内でも有数の森林地帯となっていますが、以前から「椿山」という地名が残っていて、多数のヤブツバキが自生していたと伝えられています。
宮崎市の市制60周年を記念事業として、「椿山」にツバキを甦らせようと、昭和59年から世界一の椿園を目指し、森林公園整備を進めて、平成2年5月に開園しました。
椿山森林公園内には石を敷き詰めた「殿様道路」という道があって、それは飫肥藩主の伊東氏が参勤交代の折にも使用した飫肥街道の一部です。
園内は海外の希少品種を含めて約1100種、4万8千株のツバキが混生していて、見頃は2月末から3月末までです。

■プロ野球キャンプ
2007年の春の場合、宮崎でキャンプを張ったプロ野球の日本の5球団と韓国2球団の合計7球団による観客動員数は約52万人となりました。
球団とキャンプ地は次のようになっています。
福岡ソウトバンク⇔生目の杜運動公園、読売巨人軍⇔県総合運動公園、広島東洋カープ⇔天福球状・東光寺球場、西武ライオンズ⇔南郷スタジアム、東京ヤクルトスワローズ・ファーム⇔西都原運動公園、斗山ベアーズ⇔西都原運動公園、起亜タイガース⇔お倉ヶ浜総合公園。
一方、サッカーチームのキャンプは、鹿島アントラーズ、ベガルタ仙台、東京ベルディ、川崎フロンターレ、徳島ヴォルティス、アビスパ福岡、横浜Fマリノス、サンフレッチェ広島、セレッソ大阪、大分トリニータの10球団が県総合運動公園、FC東京⇔高城運動公園、ザスパ草津⇔清水台総合公園、ベガルタ仙台⇔西階陸上競技場、川崎フロンターレ⇔錦原運動公園、ガンバ大阪⇔錦原運動公園、ヴァンファーレ甲府⇔てるは文化公園となっています。
青   島
青島は周囲が約2kmの波状岩に囲まれた東西に長い楕円形をしています。この波状岩に囲まれた内側に、周囲860mの、貝の破片や砂や小石が積もってできた、高さ6mの中央部に約4,000本のビロウがビッシリと自生しています。
歌にあるように、名も知らぬ遠き島より流れ着いて繁茂した「海流帰化説」と、大昔(三千万年前~百万年前)に地球が今より温暖な気候であった時代の生き残りであるとする「遺存説」がありますが、後者の説が有力のようです。
地球の気候が寒冷化していく中で青島(周辺)は近くを流れる黒潮の影響で冬でも暖かい無霜地帯であり、かつ雨が多い地域で、環境の変化によって周辺の植物は温帯のものに替わっても青島のビロウは太古のままに生き残ったのです。
樹齢300年、樹高20mというビロウが生い茂る。
青島のビロウは特別天然記念物なのです。
そして通称「鬼の洗濯岩」の「奇型波蝕痕」は国の天然記念物に指定されています。
堀切峠
宮崎市街地から青島を経て日南市に向けて走る国道220号線は、折生迫(おりゅうざこ)の先は鰐塚山(1118m)山地の東の先端が太平洋に落ち込んでいて、そこを切り通しにしている標高61mの堀切峠があります。

日南海岸を代表する景観の場所の一つで、峠を登りきって右に折れて、突然開ける視界には、大きく美しい太平洋と、「鬼の洗濯板」が広がっています。
崖の上を通る国道に沿って植栽されたフェニックスはいつも宮崎を代表する顔となっていて、その並木と青い海と鬼の洗濯板のコンビネーションはまさしく宮崎観光の定番といえます。
車での日南海岸の観光はこの堀切峠が事実上のスタート地点で、これより国道は下っていき、都井岬の直前までは海面とさほど高低差のないドライブコースになり、美しい美しい日南海岸の景色が楽しめます。
■清武の大楠
国指定天然記念物の「清武の大楠」
「八幡楠」とも呼ばれて船引神社の神木として人々に親しまれてきました。
樹齢900年、
高さ35m、幹周り13.2m、根周り18mで、幹の中には8帖ほどの空洞がある。
  
■(旧)後藤家商家交流資料館
都城市にある旧後藤家資料館は1900(明治33)年に建築された木造の漆喰塗りの建物です。
層を重ねる軒の構えや内部に銘木が多く使われていて当時の繁栄ぶりを伝えています。
屋敷を囲む塀は凝灰岩によるものです。
「再現が容易でない」本館と「歴史的景観に寄与している」石塀は国の有形文化財に新たに登録されました。
■えびの高原
1934年に鹿児島の桜島、屋久とあわせて国内で初めての国立公園の指定を受けた霧島屋久国立公園内にあり、霧島連山の最高峰、韓国岳の麓の標高1200mの高原です。
広さは600ヘクタールあり、霧島屋久国立公園に中でも最も景色が美しいと言われています。
真夏でも涼しい高原にはキャンプや林間教室やトレッキングに訪れる人たちで賑わいます。
不動池、六観池、白紫(びゃくし)池は季節ごとに異なる顔を見せてくれます。
また約1時間で登ることができる韓国(からくに)岳を含む霧島連山にはトレッキングの人々が多く見られます。
高原が近くなるにつれて見られるようになる太くて背の高い赤松の林は美しくて、えびの高原を代表する顔の一つです。
また、高原には季節折々に珍しい花が咲きます。
3月上旬に細長い紐状の黄色い花の「マンサク」、五月にはゴールデンウィーク前後に世界でもえびの高原周辺にしか自生していないという絶滅危惧種の「ノカイドウ」、中旬には新燃岳の登山道の途中にピンクの「花のトンネル」をつくるミツバツツジ、そしてミヤマキリシマ。6月中旬には大人の拳ほどの大きさの純白の花で、別名「天女花」とも言われるオオヤマレンゲ、7月の中旬には純白の花びらに黄色のオシベとメシベも持つ直径で5~6センチほどのナツツバキといった花々がひっそりと気高く咲きます。
野生の鹿も見られますが、植物の保護のために(もちろん野生の鹿の保護のために)鹿には餌を与えないように協力を求めています。
■生駒高原
小林市からえびの高原に向かう途中の高原で、35万本の菜の花、15万本のポピー、50万本のコスモスが高原を彩ります。
■関之尾滝
日本の滝100選に選ばれた「関之滝」は大滝(幅40m高さ18m)、男滝、女滝の三つの滝があります。
滝の上流には長さ600m幅18mにわたって甌穴群があります。
この甌穴(小さい瓶のような穴)は約11万年前に形成された河床の大きな溶結凝灰岩(火砕岩の一種)の割れ目に砂や石ころが入り、水の力が長い年月をかけて造りあげたもので、現在も進行しています。
■母智丘公園
延長2kmの桜並木に、2600本の染井吉野と八重桜。「さくら名所100選」に選ばれています。
  
■鵜戸神宮
鵜戸神宮は豊玉姫が鵜茅葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)を産んだ地であるという伝承があります。
創建の年代は不詳で、社伝によれば崇神天皇または舒明天皇の時代、岩窟の中に天照大神以下六柱の神を祀る社殿を造営し鵜戸神社と称したのに始まると伝えられます。
主祭神として鵜茅葺不合尊を祀り、天照大神、天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)、瓊々杵尊(ににぎのみこと)、彦火々出見命(ひこほほでみのみこと)、と神武天皇の六柱で、降臨を果たした天照大神の孫二人を含む日向三代と神武という、正しく日向を代表する神々が揃って祀られています。
サンメッセ日南(リンク)
サンメッセ日南から海を眺める景色は、日南海岸で随一と評価されています。
1960年のチリ大地震によって倒壊したイースター島のモアイ像を奈良国立文化財研究所と飛鳥建設㈱と㈱タダノの三者で修復委員会が組織され、2年の歳月をかけてに15体のアフ・トンガリキが復元されました。修復工事に使用した大型クレーンは㈱タダノがイースター島に寄贈し、費用約13千万円は㈱タダノと飛鳥建設㈱が拠出したといいいます。イースター島長老会は、モアイ修復チームに感謝の証として、日本で学術的に作ることを条件に、モアイの復刻建立を許可しました。
そして数々の経緯の末に最も相応しい場所サンメッセ(太陽のメッセージ)日南に10体のモアイ像が遠く太平洋の彼方を見つめて立っています。
■赤レンガ館
日南市油津地区のシンボル的存在で、国の登録有形文化財に指定されている「赤レンガ館」は1922年に材木商の倉庫として建てられました。
約22万個のレンガを使った3階建てで、延べ床面積は331㎡です。
1998年に文化庁の登録有形文化財に指定されましたが1997年に競売にかけられそうな状況の中、地元の有志の31人が合名会社油津レンガ館を設立して、2500万円で買い取った後2004年に日南市に寄付をしました。
日南市は2007年度から建物の強度などを調査した上で、耐震構造の設計作業にはいり、2008年度から改修や、失われている屋根の修復工事をします。
敷地内には江戸末期に建てられて、同じく国の登録有形文化財に指定されている母屋があります。
近くには堀川運河もあり、さらには飫肥杉を使った屋根つきの木橋もあり、飫肥城とその周辺の歴史的な文化財と並ぶ日南市の重要な観光資源となっています。
■堀川運河
映画「男はつらいよ」の第45作「寅次郎の青春」のロケの舞台となって堀川運河がスクリーンを通じて紹介されました。
堀川運河は全長900mで、1685年に建設されました。
建設の目的は、飫肥杉を油津港まで運搬することで、「弁甲筏流し」と呼ばれ、杉の丸太を筏に組んで船で引いていました。
運河に架かる「堀川橋」は「乙姫橋」とも言われていて、石造りの美しいアーチ型の橋で、堀川運河の風情に欠かせない存在です。
■飫肥武家屋敷
飫肥は文明16年(1484年)の戦いの後、島津家の全盛期をはさんで、伊東家と島津家の間で飫肥の覇権をめぐって激しい合戦が繰り広げられられました。
伊東義祐は、飫肥城主島津忠親を破り、念願であった飫肥を奪いますが、すぐに島津氏の手に戻り、その後天正15年(1587年)、豊臣秀吉の命により義祐の子、祐兵(すけたけ)が伊東家の居城として賜って以来、明治初期まで280年余り、伊東家は14代にわたって飫肥藩を治めました。
当時の佇まいを今も残す生垣や石造りの門に囲まれた武家屋敷通り。
重要伝統的建造物郡保存地区になっているこの一体を歩くと伊東家家中の武士たちが今にも現れそうなリアリティのある街並みです。

                             詳細は「飫肥」のページ
■幸島
串間市の市木の石波海岸の沖約250mに位置しています。島の周囲は約3.5kmで最大標高は約115mです。
幸島はニホンザルの集団生息地で芋洗いの行動などの文化的生態が知られていますが、自然が良好な状態で残されているため、ニホンザル以外にもタヌキや野うさぎなどの野生動物が数多く棲息しています。
そして黒潮による温暖な気候のために、亜熱帯性植物が多く繁茂しているのも特徴です。

幸島のサル及び生息地は「幸島サル生息地」として国の天然記念物に指定されており、文化財保護法によって保護されています。

石波海岸と幸島の間は海流によって砂が堆積しているために浅く、引き潮の時には歩いて渡航することも可能できますが、ふつうは「幸島渡し」という渡船を利用しています。
■都井岬の野生馬
都井岬は青島と同じ構造の、砂岩と泥岩が互層となった山地が突出してできた岬で、周囲は絶壁となっています。
御崎馬と呼ばれる野生馬が棲息することで知られ、「岬馬およびその繁殖地」として国の天然記念物に指定されています。
この野生馬は江戸時代に高鍋藩が軍用馬飼育のため、放牧したものが、後に野生化したもので、現在約100頭が生息しています。
岬の東部にある都井岬灯台は海抜255mの場所にし、高さ15m、光達37海里で、1929年に初めて点灯されました。
一般にも公開されている参観灯台で、日本の灯台50選にも選ばれています。

       詳細は「都井岬」のページ
■トビウオすくい
串間市の都井岬沖で、夏の観光名物として、「トビウオすくい」があります。
同市の宮浦港や立宇津港を船で午後8時ごろ出港して、約15分でポイントへ到着します。
海中に集魚灯を沈めると、トビウオが姿を見せ始めて、観光客は水面下を泳ぐ魚影を目がけて大きな「たも網」を差し入れてすくいます。
すくった魚はすべて持ち帰り可能で、船は相乗りと貸切りがあります。



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