霧島 |
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霧島連峰 |
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霧島連峰のページ |
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御鉢 |
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御鉢から錦江湾を望む |
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手前から中岳・新燃岳・獅子戸岳・韓国岳そして大浪池と続く |
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獅子戸岳(左)から大幡山、大幡池、そして夷守岳のライン(右手前は矢岳) |
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高千穂の峰から見る二子石とその先にわずかに見える御池(みいけ) 左の平地は高原町 |
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新燃岳の林道に咲く「ミツバツツジ」 |
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新燃岳の火口 |
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獅子戸岳(右)・韓国岳(中央) |
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中岳から見る新燃岳(手前)と頭が見える韓国岳 |
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高千穂河原に近い中岳の麓に咲く「みやまきりしま」 |
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韓国岳(賽の河原から) |
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韓国岳の火口 |
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韓国岳頂上からの獅子戸岳(手前)・新燃岳(右) |
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静かな湖面が大きく浪だって湖底からいまにも龍が舞い上がってきそうな大浪池(韓国岳頂上から) |
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韓国岳の頂上に咲く「りんどう」 |
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硫黄山 |
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不動池 |
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麓に群生する赤松 |
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このページのために霧島に三度登った。 5月のミツバツツジの時期に新燃岳の麓から新燃岳、中岳、高千穂河原のコース。 9月の下旬に民話のテーマの「大浪池」の撮影を兼ねて、えびの高原から韓国岳。 10月は高千穂河原から高千穂の峰。 久しぶりにズルズルと滑る御鉢の斜面を這うように登りながら考えた。 日本で最初に新婚旅行をしたのは坂本竜馬とその妻お竜だった。そして新婚旅行で高千穂の峰に二人で登った。と、かって司馬遼太郎の「竜馬がゆく」で読んだが、竜馬夫妻はこの山を草鞋(わらじ)で登ったのだろうか。それとも、里人が山に登るための履物を用意してあげただろうか。 下るときには三度も四度も滑って転んで、そのたびに思わず自分で自分を笑ったが、竜馬もお竜も自分みたいに転んだのではないか。 転んだお竜をみて竜馬が笑い、お互い顔を見合わせて子供みたいに無邪気に笑いあったのではないか。 「御鉢」まで登ると眼下に狭い国分(市)の平地が見えてその先に錦江湾が広がりそこに桜島が浮かぶように立つ。 空は抜けるような青空なのに、地上から桜島の頂上よりすこし上のところにかけて紫の霞がたなびいている。 肉眼では桜島はよく見えるのだが、写真のために、吹き始めた北よりの風が霞を掻き消してくれないものかと期待して先へ進む。 桜島はその裾が東に延びて大隈半島につながり、そこから北に曲線を描いて錦江湾の西の薩摩半島に至っているのがよく見える。 薩摩と大隈の二国が、日本が国として始まった当時は日向の一部であったことがここに立つと地理的によく納得できる。 つまり霧島連峰のぐるっと周辺が「日向」であった、と、判りやすい。 天気がいいと、さらにその先の屋久島の宮之浦岳(1936m)まで見渡せて、北は市房山(1721m)からさらに、途中に遮る高い山がない雲仙の普賢岳(1359m)までも見えるという。 なぜか突然、百人一首の権中納言敦忠の歌の下の句が頭をよぎった。 比べたのは恋心の今昔ではない。 かって学生の時分にはこのような御鉢から高千穂の峰などは楽々登って、高千穂河原に下りてすぐに中岳、新燃岳、獅子戸岳、さらに韓国岳からえびの高原へと縦走していたものだが、そんなの当時の自分を思い出していた。 理屈は一人前に言ってはいたが、ほとんど(ものを)「思わざりけり」であったのだろうな…。 などと、たまに大自然の中に孤独でいると意外なフラッシュバックがある。 10月は、まだ真っ暗な朝に起きて出発したが、空には煌々と星が輝いていて快晴であった。 さかのぼって5月のときは、朝は同じように快晴であった。 目的はミツバツツジと新燃岳と高千穂の峰の写真撮影。 だが、途中の林道のミツバツツジの花のトンネルを撮って、そして新燃岳に登りついて韓国岳を撮るまでは空は十分に澄んでいたが、新燃岳を降りて中岳に向かうころから少し空気が霞んできた。 高千穂の峰とその向こうの二子石と手前の御鉢が斜めに並んだ姿を、至近から撮りたいと思っていたのだが、残念なことに撮った写真には紗がかかってしまった。 それよりくだって9月のときは、同じく朝のうちは快晴であったので、このチャンスに韓国岳から大浪池と新燃岳さらに高千穂の峰を撮影しようと、昼を過ぎて出発した。 ところが、それまでは快晴であったのが、えびの高原やその周辺を上から見た写真を撮りながら登っていった結果時間がかかってしまい、韓国岳の頂上付近では雲が次第に多くなった。 そして、頂上について火口の底を2~3枚撮ったと思ったら、北西の方角からまるで孫悟空が乗っているような猛烈に速い觔斗雲(きんとうん)のでかいやつが、瞬く間に辺りを包んでしまった。 それまでは暑くて汗を流しながらの登山だったが、すぐに体が冷えて寒くなり、流れてくる雲から身をかばうために岩陰に隠れた。 この雲が過ぎ去ったらクリアな新燃岳や高千穂の峰を見ることができるかもしれないと考えて、しばし独り頂上で待った。 40分ほど経過したら、獅子戸岳から新燃岳の北西の斜面が徐々に見えてきた。 全容が見えているときよりも、雲の着物の裾をめくるように現れてくる新燃岳のボリュームがかなり大きいことに気がついた。 二つの山の左の遥か先に見える高千穂の峰は新燃、獅子戸とは反対の斜面から姿を現しはじめたが、二子石から徐々に現れてくる高千穂の峰は、これもなかなか雲のブラインドから現れてこないほどに遠くで見ていても大きいものであった。 そういった経験もあって、10月の登山は、空気が澄んでいて遠くまで見えることがなにより希望であったので、はやる気持ちを抑えながら、夜が次第に明けて空があかるくなるのを、雲の有無や位置そして空気の澄み具合などを気にしながら見つつ、霧島に近づいていった。 秋の空はその期待にほぼ応えてくれた。 御鉢の火口を歩くとき、何からも遮られることない大陸直接の風に帽子も体も吹き飛ばされそうになった。 昨日までは下界では半袖で過せたものを、手と耳が千切れるほど冷たくて、もう一気に真冬になったような風が吹いた。 それでも桜島にかかったパープルの霞は最後まで吹き飛ぶことはなかった。 |
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