狗留孫峡

狗留孫峡

狗留孫峡


狗留孫峡はクルソン峡とも表記しますが、狗留孫とは仏教の世界でいう過去七仏(かこしちぶつ)の一人の仏です。
仏教では、釈迦が仏教を成したのは釈迦一代のみの事業ではなく、前世の功徳が累積した結果であるとしていて、4番目が狗留孫、7番目が釈迦とされています。
狗留孫峡は、かって山伏の修行の場であった延長10kmの渓谷で、巨大なクルソン岩が変化に富んだ渓谷を造形していて水も透明度が高く美しく、また秋の紅葉の名所としても知られています。














狗留孫峡(くるそんきょう)は、えびの市を流れる川内川上流部にある約10キロの峡谷でその源流は熊本県の白髪岳(1417m)の麓にあります。

宮崎県を流れる川はその大部分が西に源流があって東の太平洋岸に注ぐのですが、この川内川だけが例外で、熊本県の白髪岳の西から流れ始めて、えびの市市街地を流れ、霧島連山を北に迂回して、さらに複雑に蛇行しながら日本海側に注ぎます。




川内川は狗留孫峡の基盤岩である四万十層を侵食し、その断崖は100m以上もあります。

歩いてみると、自ずと信仰を促すような奇石、巨石が所々に見られ、また岩峰も多く見られます。

写真はキャンプ場の近くにある車の乗り入れを制限している山道を登って行って発見した岩蜂の大きな巣です。

巣が取り付いている岩は山から突き出した大きな岩で、少し遠くから見るその全体の形は、目も識別できる巨大な亀です。

巣は雨を凌げるように亀の喉元にぶら下がるようについています。

周辺の山々は深い原生林で覆われ、ヤマメやオオサンショウウオ等の動物が生息するところです。






谷の奥には栄西禅師が熊野三社権現に勧請して建立した、日本で2番目に古い禅寺「端山(はやま)寺」跡もあります。

狗留孫峡には石卒塔婆があって、それにまつわる次のような民話があります。
昔、狗留孫山に八大龍王の中の健磐(たていわ)と沙伽羅(しゃがら)の2龍王がいました。
健磐龍王が拘留孫(仏)に願って、22メートルほどの高さの石卒塔婆を山中に建てました。
これを大変喜んだ沙伽羅龍王は観音菩薩にお願いして、15メートルほどの高さの石卒塔婆を建てました。
拘留孫(仏)が立てた石卒塔婆には大般若経が書かれ、この岩を拘留孫(仏)の化身としてあがめました。
観音菩薩が建てた方は観音石とも呼ばれ法華経が書かれています。


かってこの地に人々が入らない山の奥であったころ、山伏たちの修験の様子を垣間見ることができるような伝承です。



(注)卒塔婆(そとば)とはお墓の後ろにたてる細長い板のことをいう。
狗留孫と同様、梵語(サンスクリット語)の「ストォーバ」を中国語に音写したもの。
釈迦の入滅後、仏舎利(遺骨)を8ヶ所に埋骨した上に塔を建てたのが「ストォーバ」で、その後時代を経て五重塔などに変化した。



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