☆民謡☆ |
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宮崎は民謡の宝庫 |
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01 ようこそ宮崎 02 宮崎の郷土料理 03 宮崎の焼酎 04 宮崎の民謡 05 宮崎と神話 06 高千穂夜神楽 07 西都原古墳群 08 宮崎と神武天皇 09 宮崎の海岸 10 五ヶ瀬川と鮎漁 11 宮崎のローカル線 12 宮崎の観光地 13 延岡の竜巻ドキュメント 14 飫 肥 15 都井岬 16 高千穂峡 17 鹿川渓谷 18 猪八重渓谷 19 青 島 20 霧島連峰 21 日向岬と妙国寺 22 宮崎の民話(1) 23 宮崎の民話(2) 24 サンメッセ日南(初日) 25 裸まいり(1月) 26 師走まつり(1月) 27 京町二日市(2月) 28 座論梅(2月) 30 綾の雛山まつり(3月) 31 フラワーフェスタ(3〜5月) 34 御田祭(7月) 35 ひょっとこ祭り(8月) 36 都井の火祭り(8月) 37 荒踊・三ヶ所神社(9月) 38 宮崎神宮大祭(10月) 39 門川だんじり(11月) 40 去川の大イチョウ(12月) 41 銀鏡神楽(12月) 42 雑記帳・profile BLOG 宮崎讃歌 01 家庭料理 リンク集 02 焼酎 リンク集 03 伝統芸能 リンク集 04 古墳 リンク集 05 サーフィン リンク集 06 海釣り リンク集 07 川釣・渓流釣 リンク集 08 鉄道 リンク集 09 森林 リンク集 10 ガーデニング リンク集 11 旅行 リンク集 12 リンク集 ノンジャンル 13 宮崎あれこれリンク集 管理人へのメール |
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■ ひえつき節 |
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| 【ひえつき節 歌詞】 庭のさんしゅうの木なる鈴かけて ヨーホイ 鈴のなるときゃでておじゃれヨー 鈴のなるときゃなんというてでましょ 駒に水くりょというてでましょう 和様(わさま)平家の公達流れ おどま追討(ついと)の那須の末 那須の大八鶴富おいて 椎葉たつときゃ目に涙 泣いてまつよりゃ野にでてみやれ 野には野菊の花ざかり おどまいやばよこの山奥で 鹿のなく声きくばかり なんぼついてもこの稗つけぬ どこの御蔵(みくら)の下積みか 稗の五升どま唄でもつくが 三斗五升から杵でつく 恋し小川の鵜の鳥みやれ 鮎(愛)とくわえて瀬をのぼる 稗はついてもくるこたくるが しばしまちやれおそござる 想いこがれて墨するときは 石の硯がなかくぼる きつるものかなこの山奥で 義理と人情のしがらみで 和様公達今宵のふりは 紅葉かざした京姿 和様那須殿今宵の姿 瀬戸のひとやの男振り 今宵分かれていつまた会おか 明けて三月細(こま)茶時 それじゃおそかろまちなごうござろ 背戸の榎(え)の木芽立つころ 様の便りをまつでもないが なぜかまたるる秋の宵 鹿の声きいて雨戸をあくりゃ 月の白さや夜の深さ 鶏はうとうとまだ夜は夜なか 心静かに寝ておじゃれ しばし待ちやれ稗ついてしもて お茶を飲まして抱いて寝る 椎葉名物かずかずあれど 日本一なる杉もある |
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| ■ 刈干切唄 | |||
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| 【高千穂町の国見ヶ丘から高千穂市街地を望む(雲海の発生する場所である)】 | |||
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【刈干切唄 歌詞】 ここの山の刈干しゃすんだよヨー あすは田圃で稲かろかよ もはや日暮れじゃ迫迫(谷間の意味)かげるよ 駒よいぬるぞまぐさ負えよ 秋もすんだよ田のくろ道をよ あれも嫁女じゃ灯が五つよ 屋根は萱葺萱壁なれどよ むかしながらの千木(ちぎ)をおくよ 高い山山どの山見ても 霧のかからぬ山はない 誰に見らりょとおもうて咲いた 谷間谷間の岩つつじ 高い山から握りめしゅこけた 鳥さよろこぶわしゃひだり(ひもじい) 肥後は大国XXまで太い 高千穂女子(おなご)じゃうけられぬ |
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| 【刈り干し鎌】 |
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高千穂や五ヶ瀬では古くからの季節の行事で、春の野焼きと同じように「刈り干し」がありました。 山のススキや雑草を刈り取って、天日で乾燥させて、冬場の家畜の飼料に、また、民家の屋根 葺きの材料にと使用しました。 高千穂と五ヶ瀬では使う鎌の長さが違い、高千穂地方は背丈ほどの大鎌、五ヶ瀬地方では50センチ 程度の鎌で、その鎌の長さの違いが唄の長さに影響しています。 大鎌の高千穂では鎌振るテンポで朗々と歌い、かっては季節になれば何処そこの山々で一日中 「刈干切唄」を聞くことができました。 家族に自分の居場所を知らせるために唄う歌であったといいます。 |
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| 【高千穂町の国見ヶ丘から阿蘇山を望む】 | |||
| ■ いもがらぼくと | |||
【いもがらぼくと 誕生】 「いもがらぼくと」は日向の男性のことを指した言葉で、里芋の茎で作った木刀のような男と自らを 蔑んでいます。見掛けもそれほど良くないし、中は中で空洞になっていて木刀とは言えない。 いっぽうの「日向かぼちゃ」は宮崎産のカボチャのことで、色が黒くて小さくて器量は悪いが中身が 詰まっていて美味しい。そんな日向の女性のことを唄っています。 そんな「いもがらぼくと」が所帯を持つ物語をユーモラスに描いた民謡です。 この唄は昭和29年に宮崎市制30周年を記念して、市が公募によって歌詞を募集し、全国から作品 が寄せられました。 |
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【いもがらぼくと 歌詞】 腰の痛さよ 山畑ひらき 春はかすみの日のながさ 焼酎五合の寝酒の酌に おれもよめ女が欲しゅなった ヤレ (もろたもろたよいもがらぼくと 日向カボチャのよか嫁女 ジャガジャガマコッチ エレコッチャ) 鞍に菜の花 ヒャラヒャラヒャッと 七ツ浦から赤毛布 可愛い嫁女はシャンシャン馬で 今年しゃ田植も二人づれ 種子(たね)は万倍 とりいれ日和 まこち目出度や出来秋の 飲みにござれや祝いの酒を かかもめずらしゅ長着物(ながきもん) ヤンヤ霧島大雪じゃがい 大根千切手が痛や 俺も来年(でねん)はすぐ人の親 きつやつらやと言うちゃおれん |
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| ■ シャンシャン馬道中唄 | |||
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| 【鵜戸神宮】 | |||
縁結びの神様として有名な日南市の鵜戸神宮へ新婚の夫婦がお参りする道中の様子を唄います。 ゆったりとのんびりとした節回しは馬に揺られながらの楽しい旅を連想しますが、歌詞からは難儀な旅 であったことが分かります。 かって、参拝に使われたの鵜戸街道は宮崎市から鵜戸神宮までの約45kmであります。 唄の「七坂」は「七浦七峠」を意味するものと思われますが、内海から鵜戸神宮までの間約20kmは難 所が続く道でした。 そんな「鵜戸さん参り」であるからこそ参拝を終えた若夫婦の喜びも大きいものであったに違いありま せん。 |
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| 【シャンシャン馬道中唄 歌詞】 (アーコンキーコンキー) 鵜戸さん参りは 春三月よ 参る (ハラセ) 参るその日が御縁日 (アーコンキーコンキー) わしとお前はお蔵の米よ いつか いつか世に出てままとなる 主と参れば曇りもはるる 月に 月に見られてはずかしや 行こうか参ろうか 七坂越えて 鵜戸の 鵜戸の神社は結び神 鵜戸さん参りに 結うたる髪も 馬に 馬にゆられてみだれ髪 参りやとにかく 帰りの節は つけて つけておくれよ青島へ 鵜戸さんよいとこ一度はおいで 一目 一目千里の灘がある 鵜戸さん名物荷物にゃ軽い 買うて 買うてお帰りお乳飴 音に名高いせびらの峠 坂は 坂は七坂七曲がり |
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| 【鵜戸神宮】 | |||
■ 鹿児島小原節 |
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【小原節の起源】 お隣の鹿児島の有名な民謡 「小原節」は元を辿れば宮崎民謡なのです。 花柳界の酒席の騒ぎ唄で、鹿児島県を代表する民謡の小原節は複雑なルーツを持ち ます。安久(やっさ)地区を中心に都城市地方で唄われていたヤッサ節が、鹿児島の原良 に入って原良節へとなったものが、小を付けて小原良節となり、さらに小原節となったとい います。 慶長14年といいますから、西暦1609年、薩摩は琉球に派兵して、都城藩からも120名の 足軽が従軍して、長い船での行軍を鼓舞するのに唄われたのが起こりだといいます。 霧島山は宮崎県と鹿児島の県境にあります。 霧島山の麓の霧島神宮からの南九州の長い坂を南に30〜40分、車で下って行くと急に視 界が開けます。 目の前に桜島が見えたらそこは国分です。 「花は霧島タバコは国分 燃えて上がるはオハラハー桜島」 |
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| 霧島の峰 (2007.04.19撮影) | |||
■ 安久節(やっさぶし) |
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| 第21回日向木挽唄全国大会(2007.06.09) | |||
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| 日向木挽唄全国大会は日向市で開催されますが、毎年市の内外から多数の参加があります。 第21回大会の場合では、日向市内から154名、県内の市外から416名、県外から127名、合計 697名の参加がありました。 「日向木挽唄」は、ジーンと心に響いて感動させます。 |
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| ■ 日向田植唄 | |||
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ハエーサノー 1. 腰の痛さや 畝町(せまち)の長さ(ホイホイ) 四月五月の日の(ハードッコイ)長さ (ソーラ ソーラ ドッコイショ) 2. 四月五月は乳のみ児ほしや 畝(あぜ)に寝かして乳飲ませう 3. 様よ 三度笠押上げてかぶれ 少しお顔が見とうござる 4. 田植ばなしは田主は嫌い 唄で植えやれ楽々と 5. 様よあれ見やれ天の雲見やれ もようて別れて 又もようた 6. 切れた切れたよ 音頭目切れた くさの縄かよ 又きれた 7. 声はすれども姿は見えぬ 様は 深山(みやま)のほととぎす 8. ここは照れ照れ鈴鹿は曇れ 間(あい)の土山 雨が降れ 9. 沖の暗いのは雨ではないか 起きて苫葺け船子供 10. 沖のと中に茶宿立てて 上り下りの船を待つ 11. 船が見えたが米屋の船か 丸に斗掻(とかき)の帆が見えた 12. 船は見えたが船頭さんは見えぬ どこの女郎衆がとめたやら 平成19年6月30日、7月1日の両日、美郷町西郷区田代の美郷町西郷農村環境改善センターに おいて、「第15回 日向田植唄全国大会」が開催されました。 毎年この時期に開催される、970年の伝統の無形文化財「御田祭」と同時に開催されています。 |
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| ■ 神楽せり唄 | |||
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こよさ夜神楽にゃ せろとて来たが サイナー せらにゃそこのけわしがせる ノンノコサイサイ ヨイヨイサッサ ヨイサッサ ヨイヨイサッサ ヨイサッサ(以下省略) こよさ夜神楽は 十二の干支で サイナー かざりたてたる 神かぐら 神楽太鼓に 気は浮かされて サイナー いつもどんどと鳴るばかり せろやせろやと 舞い立ちゃせろや せってくれよと頼まれた サイナー 主は三夜の 三日月様よ 宵にちらりと見たばかり サイナー 髪のかんざし 伊達にはささぬ せり場若衆を婿選りに サイナー いやよいやよの口ぐせ娘 サイナー いやで手を引く馬鹿男 |
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| ■ 春節・秋節 春は花咲く 木萱も芽立つ 立たぬ名も立つ 立てられる 春になればそ うぐいす鳥は 山を見立てて 身をふける 秋の紅葉と 十九の花は 散らせ給うなやや 何時までも 秋になればそ だごしてかろて 尾前越しやれ 楽らくと 春節は春に、秋節は秋にしか唄ってはならい。 もしその掟を破って唄ったなら、山の神が三尺浮き上がって戒めを受けると伝わります。 椎葉には古くから唄暦が唄い継がれてきました。 その内の一つが春節でその内の一つが秋節です。 |
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| 椎葉の里山 |
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■ えいこの節 ■ 島浦港 エーイコノ めでたいな めでたいな めでたいものは都芋 茎立ち伸びて葉は広く葉には黄金の露を受け 根には千余の子がまさる ションガエー メデタイ ■ えいこの節 ■ 方財港 めでたいな めでたいな めでたい唄を歌いましょう 一でめでたい鯛の魚 二でにっこりニベの魚 三でサゴシにシマガツオ 五つでイワシやムロの魚 七つでナキリにヤエカマス 九つ小鯛をかけ揃え 十でトビノイオ舞い込んだ ヨイコナソコラデコイ ■ えいこの節 ■ 青島港 お正月の初夢に めでたいことを夢に見た エイコノエイコノ あららぎ山の楠を切りてはつりて 板に挽く 大工頼んで船造る 船を作りて今朝下ろす みな波きな波は琴の糸 柱は黄金の杉板 |
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| 島浦港の祭り(11月) | |||
■ 諸塚駄賃つけ唄 ■ 六峰街道は西から二上山(989m)、赤土岸山(1169m)、諸塚山(1342m)、真弓岳(1073m)、九左 衛門峠、速日峰(868m)と六つの山を越えていく、全長57kmのスカイラインです。 五ヶ瀬町、高千穂町、日之影町、諸塚村、(旧)北郷村、(旧)北方町の6町村を連絡する林道で、最 も東にある速日峰はほぼ360度の眺望があって、それから西へ進めば北と南に山々の壮大なランド スケープが続きます。 高い山の尾根を通っていく六峰街道は、現代に生きる人々には理解し難い街道といえますが、昔は 深い山間の広い地域の物流を支える動脈でした。 その物流の文字通りの担い手が「駄賃つけ」で、それは駄賃という言葉本来の意味である職業で、彼 らはこの六峰街道をつかって生計をたてていました。 歌詞にある中小屋は旧6町村からの道が集まるところで駄賃つけが荷物を馬に積み替えたり、一服し たりする場所でした。 中小屋にはそのなごりと思われる何軒かの民家があり、近くには天文台があります。 【歌詞】 ひとりこの山 淋しゅて越すが 鳴いて聞かせよ ほととぎす ホーイ ホイ 登りゃ中小屋 下れば家代 登りかけたぞ この坂を ホーイ ホイ 肥後に行こうか 延岡に越そか どちら向いても 山ばかり ホーイ ホイ |
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| 中小屋天台 | |||
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| 速日の峰のETOランドから行縢山を望む | |||
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