☆竜巻☆ |
| 2006年9月17日の延岡市での竜巻の被害の状況 「災害は忘れた頃にやってくる」と言いますが、この竜巻災害を忘れないために敢えて写真を掲載します。 |
2006年09月17日は台風が宮崎地方にかな り接近するという予報が出ている日曜日で した。 私は午前中は事務所で過ごし、風が強くな った14時過ぎには、約束の15時に人に会う ために日向市に向う車中にありました。 門川漁港の手前まで来たときに暫くお会い していなかったお客さんから電話がありま した。 私は建築関係の仕事をしているのですが、 台風のときはその激しさのピークのときに でも被害の電話がかかってきます。 ですから、このときも当然何か被害があっ たと思いながら電話にでました。 現場は以前に工事をさせていただいたア パートで、ただ「サッシが破損した。」という だけの内容でした。 知り合いの大工、Sさんにすぐ電話をして いると再びそのお客さんからキャッチ電話 があり、出るると「サッシは2ヶ所です」と 言う。 再びSさんに電話して「台風でサッシが2ヶ 所やれたらしい。サッシが飛んだかガラス が割れたかは分からない。とにかく「人助 け」と思ってコンパネを6枚程度持って行っ てやって欲しい。俺は15時に人と会う約束 があるから終り次第延岡に引き返す。」 「よろしく頼む。」 |
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着替えをするために一度自宅に帰り居間に 入ると家人が見ていたテレビが「延岡市の 南延岡駅の近くの日豊本線で列車が横転 しているもよう。」と伝えたように聞こえましが、 テレビはそれ一度きりしか言わず、私は気 にしながらも人に会うために出かけました。 するとSさんから電話で「どこそこ通行止め が多くて現場にはまっすぐには行けなかった。 コンパネは6枚どころじゃない、100枚 くらい要る。少々のことでは追いつかない から取り敢えず帰る。アパートのオーナー とは会って今後のことの話はしてきた。」この 時点では大工のSさんは延岡市内を車で 走って交通規制にも遭いながらも竜巻の被害 であるとは思わず、単なる台風の被害としか 考えていないようでした。 私は先程の列車の横転の報道と繋がって きて、「もしかして延岡は大変なことになって いる。」と感じました。 約束の人とは仕事の話になったものの、 延岡が気になってしょうがありません。 会っていたのはその人の経営するお店の中 で、やがて店のお客の中から「延岡がなんか 大変らしい」という情報が入りました。 「やっぱりそうか」 話は仕事の話になっていましたが早々に 切り上げて車に乗りました。 延岡と日向の間は距離で約20km。 車だと約30分。 台風は最も激しい時を迎えていたので他の車 もなく、延岡までは20分程度で着きました。 (私の事務所は延岡市塩浜1丁目の国道 10号線沿いの日向灘を望む位置にあるの ですが、竜巻は私がいつも机から窓ガラス越 に見る海岸から上陸したのです。 その上陸地点からすぐ近くの)国道10号線 の平原町に差し掛かったらいつも見慣れている 建物がほぼ全壊して道路を塞いでいます。 私は車を降りて詳細をを見たかったのですが、 「アパートの状態を見るのが先」との思いから、 助手席のデジカメをとって取り急ぎ2枚、車中 から写真を撮りました。 一見しただけで被害は甚大と思われましたが、 台風の強い最中にあって、見物のための 渋滞はなく、、車の通行はスムーズでした。 最初の被害現場から目的のアパートまでは 直線距離で約700m。時間にすればものの5分 で着くはずのいつもの道は交通が規制されて いて、その道路の入口は一度通り過ぎて、 また近くまで戻って来るしかありません。 しかし迂回を選択してもすぐに車は止められ ました。後で知ることになるのですが、その一 帯が竜巻の被害の最も集中した地域の一つ でした。 パチンコ屋の駐車場が空いていました。 日頃は多くのお客を集めるパチンコ屋の 駐車場はガラガラ空いていました。 台風はまだ近くを通過中のはずでした。 何よりもデジカメを持って車から出て歩き はじめたものの、ヘルメットが必要と感じました。 雨は小降りでしたが傘はもとより何の役にも立 たず、ただヘルメットは頭の防水と安全のため に必要だと思いました。 警官が立って出入りを規制している地点を 徒歩で入って行き小さな川沿いの道に出ると 車がゴロンと横たわっています。 その先には人が二人見えるのを除けば 人も車も無く、いつも渋滞気味のイメージ しかないその道路から、「みんなこの竜巻 (この時点ではまだ竜巻という認識はありま せん。)から一目散に逃げ出してしまった のか?」。と感じるような寒々しい光景でした。 車が横転している近くに掛かる小さな橋を 渡りました。 すると川沿いに立ち並ぶ住宅が軒並み、 これを本当の軒並みというくらい軒並み損壊 している様を目撃しました。 住宅の南側に回ると、北側から見るより被害が 大きいいのを確認できました。 目的のアパートはすぐそばでしたからここでも 急ぎ2枚の写真を撮りました。田圃に車が横転 しています。 よく見ると、横転じゃなくて逆さまです。 アパートの敷地に入ると、車は田圃の中だけ じゃなくゴロゴロ横転しています。 建物に目をやれば、その被害の凄まじさに どこから見ていっていいか分からないほど でした。 田圃の中の車は竜巻に持ち上げられて 鉄骨造の建物にぶつけられ、さらに田圃 まで飛ばされたのでした。 南側のサッシのガラスは全滅。アルミの枠 ごと捻じ曲げられていました。部屋の中は割 れたガラスが散弾銃の弾のように壁や建具に 突き刺さり、住人の流した血液がどこそこ 付着していました。 住人は何があったのか分からないまま、 それ以上の危険から逃れるために浴室や 便所に命からがら逃げ込んだことが血痕から 推測できました。 列車の横転は奇異なものを見ている感じで した。 JRの社員も成す術もないようで、ただ列車が ゴロンと横たわっていました。延岡市の中心街 に向って行きました。 情報は曖昧でした。 列車の横転の現場から船倉までには広大な 旭化成の敷地があり、敷地の外からは何事も ないように感じられて、須崎橋を渡ると先刻の 被害の状態と同じような船倉の被害に出会い ました。 さらに、五ヶ瀬橋を渡った紺屋町の、延岡の トップクラスのホテルの南側の、相当な強度を もって設置されたであろうガラスの大部分が 割れているのを目撃すると、列車を横転させた 突風はここでも強いエネルギーを維持して 通過していったと感じたものでした。 延岡市全体が騒然としていましたが、被災の 翌日にはボランティア500人が市内で活動して いました。 建物などの損害の状況からすれば重傷、 軽傷は別として、亡くなられた人がもっと 多かった災害かもしれないと感じるのは私だけ ではないように思います。 災害復旧は年の瀬の頃にはだいたい終った ようにありました。 亡くなられたかたに心からご冥福を祈りたい と思います。 |
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 建物にぶつかってさらに田圃まで飛ばされた車(少なくも20mは飛んだと思われる) ![]() ![]() ![]() 車が巻き上げられてぶつかった壁(ヘーベルライトが破損して下地の鉄骨が折れ曲がる) 列車が横転した現場の(竜巻の進行方向での)すぐ手前の住宅![]() |
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| 竜巻で最大級 1811戸損壊 竜巻による延岡市内の犠牲者は3人に上った。浜町のホームセンターで男性が倒れた棚の下敷になり死亡。近くの畑では女性が亡くなった。山下町では男性が自宅の2階で瓦やガラスの片などを受け死亡した。死者が3人出た竜巻は、気象庁が71年に観測を開始して以来初めてという。 別府町でJR日豊本線の特急列車が横転し、運転士と乗客の計7人が軽傷を負った事故を含め、けが人は重傷3人、軽傷140人に達した。 建物被害は計1811戸に上り、国内の竜巻被害では過去最大級だ。 上陸地点に近い緑ヶ丘地区では、約360戸の建物が被害を受けた。市立緑ヶ丘小学校では、巻き上げられた瓦の直撃を受け、体育館の窓ガラス十数枚が割れた。 近くの自動車整備・板金工場は2階の事務所が抜け落ち、1階の整備場ががれきで埋まった。船倉2丁目の市消防署も損壊。南側の窓ガラスの大半が割れ、書類や備品が吹き飛んだ。 また市内では17日夜、最大136世帯230人が避難所で過ごした。大規模な停電もあり、最大時は約1万1600戸。翌18日も一部の信号機は消えたまま |
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| で、警察官が車を誘導し、午後7時すぎにようやく復旧した。 市によると、市内の商工業や農業などの被害は計12億9400万円(住宅と旭化成関連を除く)。内訳は商工11億8870万円、公共施設1684万円、農業8847万円、水産6万円。商工の被害の6割にあたる7億1千万円が商店街がある五ヶ瀬川北部の地区に集中した。
県内の発生数 全国4位 延岡市を襲った竜巻の強さについて、宮崎地方気象台は「F2」と推定している。国内でこれより強い竜巻が観測されたのは90年12月(千葉県茂原市)と99年9月(愛知県豊橋市)の「F3」の2例だけだ。 竜巻は海上で発生し、9月17日午後2時3分、塩浜町1丁目付近に上陸した。気象台によると、幅は最大250m、時速約90kmで市街地を北北西に約7.5km縦断し、尾崎町付近で消滅した。 6割が台風原因 県内で71年〜05年に発生した竜巻は22件。鹿児島県(40)、沖縄県(38)、北海道(28)に次ぎ全国4位の多発地帯だ。月別では9月が7件で最も多く、8月が5件、10,11月が各3件。原因別では6割強の14件が台風によるものだった。 一般的に、竜巻は台風の進路の北東側で発生しやすい。さらに県の東側が海岸線で風が吹き込みやすいことも、多発の要因とみられる。 予測研究地道に 竜巻の発生予測は「ほぼ不可能」(同気象台)なのが実情だ。 だが地道な研究は進んでおり、東京大学海洋研究所の新野宏教授(海洋大気力学)は「竜巻が起きやすい台風と、そうでない台風がある。まずはそれを見分けることが重要だ。特に、地表と上空の風速の差が大きいと、竜巻が起きやすい」と指摘する。 また気象庁は現在、「ドップラーレーダー」の全国配置を進めている。電波を積乱雲の中の水滴に反射させ、豪雨を予測するのが主目的だが、新野教授は「副産物として竜巻を起こしやすい積乱雲の特徴をとらえられるかもしれない」と竜巻予測に役立つことを期待している。
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| ガラスや瓦の破片が刺さり店の外壁は穴だらけになった(船倉町) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 延岡市でトップクラスのこのホテルでは五ヶ瀬川に面する南側のガラスのほぼ全部が破損した。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 山下町 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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