臼太鼓躍 |
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臼太鼓躍☆下水流 |
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下水流臼太鼓躍 |
臼太鼓踊りは、これまで宮崎ではほぼ全域で行われてきた。 その分布を大別すれば、一つは宮崎市を中心にした日向灘沿岸部と、もう一つは椎葉や諸塚などの耳川流域になる。 県指定無形民俗文化財の下水流臼太鼓躍(しもずるうすだいこおどり)は旧暦八月一日に五穀豊穣、水難、火よけを祈願して西都市の南方神社で奉納される。 南方神社での奉納の後は、神社近くの一ツ瀬川の川原と下水流公民館と続いて公開されている。 15キロぐらいの重さだというのぼりには、伝統の地元の穂北和紙を折って作った白い花房を四個つける。 三本の竹竿の一番下には一番大きい花房を一つ。 その上に一番小さい花房を二つ。 その上に真ん中の竹竿に赤い布で作った輪、その上には両端の竹竿に青い布で作った輪を二つ、そしてその上の真ん中の竹竿に中の大きさの花房をつけて、先端に紅白の布たんぽがつく。 太鼓を胸につけた踊り手は16、鉦方が4人、歌い手が4人の合計24人で、すべて男性による構成。 踊り手の衣装は白の襦袢に青い山袴に脚半と草鞋、そして豆絞りの鉢巻を前で結ぶ。 鉦方は陣笠を被って紅白のたすきを腰で結び、歌い手は陣羽織を着る。 鉦方は鉦を強く勇壮にたたきながら激しいステップで踊る。 のぼりを担いだ踊り手も掛け声をかけながら激しく体を回転しながら踊る。 踊ると花房が揺れたり開いたりして、それが躍動を強調する。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 1929年に全国舞踊大会で一位を収めた穂北の下水流の臼太鼓踊は、同年ロンドンでも一般に公開されて好評を博した輝かしい実績もあり、宮崎地方の広い地域にかけて残る臼太鼓踊りの代表格といえる。 踊りの種類は「あそ」「五条」「四節」「坂金」「小野」「かせ」の6種類があって歌詞がそれぞれにある。 それによってステップや陣形も異なり、円を描いたり、四角になったり、三角になったり。 また、集中したり遠く隔たったり。 次々にきびきびと形を変えていく。 踊りの起源は他の臼太鼓も同じように豊臣秀吉の朝鮮出兵のときに戦術として踊ったことが由来とされる。 この下水流臼太鼓躍は肥後の加藤清正が敵を油断させるために踊ったとか。 または、島津の武士がこの臼太鼓躍を踊って、その見事な踊りに敵が魅入った隙に乗じて竹竿に仕込んで武器を取り出して敵中に切り込んで勝利を得たとか。 青島臼太鼓踊は飫肥の武士達の士気高揚と敵の威嚇のために踊ったとか。 椎葉の栂尾臼太鼓躍は、1656年頃、平家の残党とともに椎葉に落ちた能役者の「せみょう法師」が伝えたとか。 臼太鼓躍は、戦術のためとはいえ豊臣秀吉の朝鮮出兵のときに披露されて、それは、すでに当時において、敵の目を奪うほど完成された芸能であったことになる。 宮崎になぜこれだけの臼太鼓躍が起きたのか、そして残っているのか。 同じく全国でも特筆される宮崎の神楽に比べると臼太鼓踊の起源はわからないところが多い。 ▲ 下水流臼太鼓躍のtopにもどる |
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| ■ CONTENTS ■ 01 ようこそ宮崎 02 宮崎の郷土料理 03 宮崎の焼酎 04 宮崎の民謡 05 宮崎と神話 06 高千穂夜神楽 07 西都原古墳群 08 宮崎と神武天皇 09 宮崎の海岸 10 五ヶ瀬川と鮎漁 11 宮崎のローカル線 12 宮崎の観光地 13 延岡の竜巻ドキュメント 14 飫 肥 15 都井岬 16 高千穂峡 17 鹿川渓谷 18 猪八重渓谷 19 青 島 20 霧島連峰 21 日向岬と妙国寺 22 宮崎の民話(1) 23 宮崎の民話(2) 24 サンメッセ日南(初日) 25 裸まいり(1月) 26 師走まつり(1月) 27 京町二日市(2月) 28 座論梅(2月) 29 椿山森林公園(2〜3月) 30 綾の雛山まつり(3月) 31 フラワーフェスタ(3〜5月) 32 青島亜熱帯植物園2008 33 花立公園2008 34 アケボノツツジ(4月) 35 今山大師祭(4月) 36 アケボノ:尾鈴(5月) 37 御田祭(7月) 38 ひょっとこ祭り(8月) 39 都井の火祭り(8月) 40 下水流臼太鼓躍(9月) 41 荒踊・三ヶ所神社(9月) 42 宮崎神宮大祭(10月) 43 門川だんじり(11月) 44 去川の大イチョウ(12月) 45 銀鏡神楽(12月) 46 六峰街道 47 南方古墳群 48 宮崎地鶏の風景 49 雑記帳・profile ●BLOG 宮崎讃歌 ●リンク集 |
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