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愛宕山

愛宕山

愛宕山


愛宕山画像


延岡市の中心部の南にある愛宕山は標高251mで、北は可愛岳、行縢山、大崩山など、西は速日峰やその先の

高千穂方面、晴れて空気が澄んだ日には遠く日向灘の先の四国をも望むことができる。


愛宕山周辺には古代遺跡が多く発見されている。

東北の麓には洞穴遺跡(県指定第5号墳)がある。

洞穴は間口3m、奥行き2m、高さ2mで、1926(大正15)年に発掘されたとき、貝塚と、その下に5つの墳墓が

あったことが確認されている。

また貝塚にまじって縄文後期の土器の破片も発見された。



愛宕山は古くは笠沙(かささ)山と呼ばれていた。

愛宕山が愛宕山と呼ばれるようになったのは戦国時代末期に高橋元種が城山に延岡城を築いたときで、それま

で城山にあった愛宕神社を笠沙山に移したことによる。

神社の境内は頂上から北面一帯に23万余坪もあり、当国随一の広さと言われた。

すぐ近くに生目神社もある。

頂上を極天様(ごってんさん)と敬称し、あわせて頂上の西部を妙見菩薩(北斗七星の神仏化)在座の妙見と称

し、また男坂を設けて、国守が直接斎主を努める神社としたので女人禁制の霊山とされた。



日向御前がその禁を破って登山したという逸話が残っている。

日向御前とは徳川家康の曾孫の国姫のことで、延岡城主有馬直純の婦人であった人である。

『女だって人間だ、のぼってどこがわるい』と、周囲の制止を振り切って登山したという。

昔の延岡では「日向御前」といえば勝気なお転婆娘を意味していた。




愛宕山の展望台の敷地に「鍵かけオブジェ」や「光の小道」などが設置されている。

展望台の手摺の柵に恋人達が鍵をかけるようになり、もともと笠沙山の伝承もあることから市はこの慣わしを後押

しすることで、「恋愛の名所」つくりをしたいと「ひむかラブラブプロジェクト事業」を立ち上げた。

この「ひむかラブラブプロジェクト」は延岡市の「愛宕山」、日向市の「クルスの海」、美郷町の「恋人の丘」にそれぞ

れ「出逢う」、「願いが叶う」、「結ばれる」といった神話や言い伝えが残っていることから、この3ヶ所を巡ることで恋

愛成就を祈願するもの。

これらの言い伝えなどを広くPRして多くの人達にに訪れてもらうことで、地域全体の魅力を発信していくことを目的

としている。

完成したモニュメントはステンレス製で高さが3mある。

最上部に木花開耶姫と瓊々杵尊が向かい合い、手を取り合い、愛しい眼差しでお互いを見つめあう。

それはまさに恋人達の願いを叶える主祭神のように立っている。



愛宕山からの夜景は日本夜景遺産に認定されている。


愛宕山からの延岡市の夜景


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