若山牧水

若山牧水

若山牧水


若山牧水生家(宮崎県日向市)


若山牧水は国民的な歌人であり、生涯に約8,700首の短歌を詠み、全国各地に約280基の歌碑がある。


写真は日向市東郷町坪谷にある若山牧水の生家である。

長崎で医術を学んだ祖父健海が1844(弘化2)年に建て、ここで医者として開業した。


牧水は本名を繁といい、1885(明治18)年に祖父の跡を継いだ父立蔵と母マキの間に生まれた。

牧水は幼少の頃をこの坪谷で過ごした。



1896(明治29)年11歳の時に延岡高等小学校に入学し、旧制延岡中学校(現宮崎県立延岡高等学校)を卒業

する1904(明治37)までの青春時代は県北の城下町、延岡で過ごした。



若山牧水の歌に歌われた城山の鐘の写真
牧水は幼い頃の8年の間、毎日聞いた延岡の城山の鐘の音が懐かしく、次のよ

うな歌を詠んでいる。

    なつかしき城山の鐘鳴りいでぬ  をさなかりし日聞きしごとくに      

    ふるさとに帰り来りてまづ聞くは  かの城山の時告ぐる鐘

これらの歌は今も広く延岡市民の間で親しまれている。



牧水は、延岡中学校在学中の16歳のときに読んだ歌が当時の校長から激賞さ

れたことで自信を得て歌を詠むことの愉しみが増したという。



17歳には東京で発行されていた「中学文壇」に投稿した。

18歳のときに「牧水」の号を使いはじめ、延岡中学校在学中に新聞や雑誌に投稿した歌は500首を超えた。




1904(明治37)年、早稲田大学に入学して北原白秋らと交友する。

尾上紫舟に入門し、大学を卒業と同時に第一歌集となる『海の声』を出版した。


『海の声』は売れなかった。


    幾山河こえさしゆかばさびしさの  はてなむ国ぞ今日も旅ゆく (海の声)

     
明治40年、牧水は早稲田大学在学中、宮崎への帰途に、歌人の有本芳水に田山花袋の小説「蒲団」の舞台が岡

山県の高梁川上流の城下町新見であることから、岡山から高梁、新見へと中国山間の地へと迂回する新見経由

の旅にするように勧められた。

牧水が新見を旅したあと東城(広島県)に向かう途中、県境の阿哲郡哲西町辺りで日が暮れて二本松峠の茶屋

「熊谷屋」で一夜を過ごし、そこで詠んだと言う。



『海の声』の出版後帰郷した牧水の落ちぶれた姿に両親は落胆し、村人は冷淡であった。

20日ほどの滞在の後に再び東京を目指した牧水は次の歌を詠んで行った。


    父の髪母の髪みな白み来ぬ  子はまた遠く旅をおもへる



1910(明治43)年、第二歌集『独り歌へる』、次いで『別離』を出版して歌壇の注目を集め花形歌人となった。


    白鳥はかなしからずや空の青  海の青にも染まずただよふ  (別離)



和歌の世界では有名になるが経済に困窮して、そして精神を病み、牧水は旅に出て小諸を訪れた。


    白玉の歯にしみとほる秋の夜の  酒はしずかに飲むべかりけり



1912(明治45)年、親友の石川啄木の最期を看取る。

岩手県盛岡市には、石川啄木が晩年もっとも心を許していたと言われる牧水との二人の作品が刻まれた「石川

啄木・若山牧水 友情の歌碑」がある。


    教室の窓より遁げて ただ一人  かの城址に寝に行きしかな   (啄木)

    城あとの古石垣にゐもたれて  聞くともなき 波の遠音かな    (牧水)


同年は4月に啄木が逝き、5月に大田喜志子と結婚をし、11月に父が逝った。



牧水は親族会議で郷里にとどまるよう説得されて悩むが、1913(大正2)年、和歌に生きる決心をして母の許し

を乞い上京した。



この頃から牧水の名声はさらに高くなり、日本を代表する歌人となった。


1928(昭和3)年、43歳の生涯を閉じた。

牧水公園の写真

若山牧水は旅と酒を愛した歌人といわれるが、牧水の号の「牧」は母の「マキ」から採ったもので、「水」はこの

坪谷川の水であり、旅と酒と、そして「母」と「故郷」を愛した歌人であった。


写真は牧水の生家の真ん前を流れる耳川の支流の坪谷川と牧水公園と、歌にも詠まれている尾鈴山である。


牧水が生まれ育った坪谷は、埼玉県生れの祖父がここに友を訪ね、すっかり魅了されて永住するに至ったと

いわれているほど自然に恵まれた美しい風景の村である。


牧水は朝夕尾鈴山を仰ぎ見て、坪谷川に下りては父と鮎を釣った。


    日向の国むら立つ山のひと山に  住む母恋し秋晴れの日や

    ふるさとの尾鈴の山のかなしさよ 秋もかすみのたなびきており

    上つ瀬と下つ瀬に居りてをりをりに  呼び交しつつ父と釣りにき     

    淵いでてたかく乾けるひとつ岩  をさなき父が鮎釣りし岩

    ほととぎす鳴くよと母に起こされて  すがる小窓の草月夜かな      

    あたたかき冬の朝かなうすいたの  細長き舟に耳川下る


石川啄木と並ぶ国民的な歌人若山牧水は、生涯に約8,700首の短歌を詠み、全国に約280基の歌碑が建てら

れているという。


1996(平成8)年から牧水の業績を永く顕彰するために「若山牧水賞」をつくられ、毎年、短歌文学の分野で

傑出した功績を挙げた者に贈られている。

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宮崎県日向市坪谷の「若山牧水生家」の地図


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