舟形埴輪 |
宮崎県西都市にある西都原古墳群では、五世紀の前半から中葉にかけて、男狭穂塚、女狭穂塚、169号墳、170号墳が築かれた。 169号墳は男狭穂塚の西方に隣接する径45メートル、高さ7.6メートルほどの周溝をもつ円墳で、170号墳は女狭穂塚の西方に隣接する径45メートル、高さ1.8メートルほどの円墳で、169号墳は男狭穂塚古墳、170号墳は女狭穂塚古墳のそれぞれの陪塚となっている。 1912(大正元)年から1917(大正6)年の間に6回の西都原古墳群の学術調査が行われ、そのときに子持埴輪や舟形埴輪が出土した。 調査では子持埴輪や舟形埴輪の他にも大量の埴輪が出土し、これらの埴輪は大正初期の発掘調査では、西都原古墳群内の169号墳から出土したとされてきた。 しかし復元されている埴輪には欠損部分が多く、県教委は99年度から5年間にわたり、その部分を探すために同古墳を調査した。 同古墳に残っていると思われた欠損部分の発見が期待されたが、まったく出土されなかった。 一方、同古墳の180メートルほど南の170号墳では、同県立西都原考古博物館と大谷女子大による調査で両埴輪の破片が複数出土して、それらの破片は東京国立博物館の所蔵品とも接合することが判明した。 また、同古墳の過去の調査状況を撮った写真に船形埴輪らしいものが写っていることから、両埴輪の本当の出土地は170号墳との見方が強まった。 この埴輪は、ゴンドラタイプのもので、「舳先」と「艫」が大きく反り返っている。 その両側(りょうげん)とも上下に2段の貫(ぬき)を通して固定し、舟側には波除けが施され、船体の中央付近には帆を立てたのではと思われる穴が1個ある。 両舷には6個ずつの櫓べそがあり、舟底には舟板が備えられているなど、大海を航海する準構造船を模倣して作られたものではないかと思われる。 舟形埴輪は埋葬の際に利用され、死者が黄泉の国へ行くときに迷わないよう、水先案内の役割を果たしたとも考えられる。 長さが101cmもあり、これほど大きな舟形埴輪は、他では出土されていない。 舟形埴輪は国の重要文化財に指定されていて、東京国立博物館が所蔵している。 |
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