髪長姫 |
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髪長姫 |
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早水神社には「髪長姫の泉水」という湧水があり、姫はこの湧水を産湯に使ったという伝えがある。 写真の池は「髪長姫の泉水」から湧き出した水を湛える髪長姫池で、早水公園にはこの他に5つの池があり、これ らの池の水源はこの湧水である。 すぐ近くの島津氏の姓は島津氏発祥の地「祝吉御所」のあった「島津」という地名が由来であるように、古くからこ の地域は水が豊かであったようだ。 水が美しいところには美味い米がとれ、美味い酒ができ、美しい女性が生まれる。 髪長姫は少し早く生まれすぎたために小野小町に「日本一の美女」の称号を譲ってはいるが、親子2代の天皇か らその后に望まれた女性は、小野小町をはるかに凌ぐ正しく絶世の美女であったに違いない。 以下、早水神社の「髪長姫泉水」の説明文を引用する。 この湧水は早水神社の祭神の神長姫の神長姫が産湯を使われた井戸と申し伝えます。 昔五世紀頃、国造(くにのみやつこ)諸県君牛諸井(もろかたのきみうしもろい)は諸県地方を治めており、この 地方の娘と結婚をし、その間に生まれた髪長姫は絶世の美人でしたので朝廷に召されました。 時の皇太子大雀命(おおささぎのみこと)後の仁徳天皇は、難波の高津宮に上がられた姫を一目ご覧になりその 美しさに心を打たれ、竹内宿祢大臣(たけうつすくねおおおみ)に頼んで父の応神天皇に請願して姫を皇太子妃 としました。 以来この湧水を飲み、また顔や手を洗うと美人になると言い伝え、近郷近在の婦女子は好んでここに来て、この 水を飲み、顔や手を洗い、神社に参拝する風習があります。 以上。 大雀命の父応神天皇が髪長姫の噂を聞いて呼び上げたときにはすでに日向から上がって后となっていた日向 泉長姫がいたが、さらに美しい髪長姫がいると聞いた。 応神天皇と泉長姫との間には大葉枝皇子、小葉枝皇子、幡日之若郎女の二男一女が生まれた。 息子の大雀命は後に有名な仁徳天皇となり髪長姫との間には大草香皇子(おおくさかおうじ)と幡梭皇女(はた ひおうじょ)が生まれた。 幡梭皇女は21代の雄略天皇の后となり、大草香皇子の子孫は日下部氏となった。 大雀命は、髪長姫を后としたことの喜びにこのような歌を詠んだ。 「道のしり、こはだおとめを、かみ(雷)のごときこえしかど、相枕まく」 |
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| 関連ページ: 早水公園のアヤメ 島津氏発祥の地 | |||||
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