記紀に「波頭を踏んで常世に行った」とされている神武天皇の兄三毛入野命(みけいりぬのみこと)は、高千穂においては記紀には書かれていないこの地方だけの伝承がある。
それは、東征に参加した三毛入野命が、高千穂の平安を案じて戻ってきたことからはじまる。
高千穂に着いてみると、案の定、鬼八という魔性のものが高千穂を蹂躙していた。
そして、命と鬼八との間で激しい戦いが繰り広げられることになる。
そしてとうとう鬼八は命に退治されて埋められたが、一夜にして生き返り、さらに抵抗して暴威を振るった。
命は鬼八の体を三つに切り離し、三ヶ所に分けて埋めた。
それからは鬼八は生き返ることがなかったという。
鬼八の墓は三ヶ所あると言われていて、この場所は首塚と伝えられている。
その後も鬼八の霊は時々地下で唸り声を出した。
そして、高千穂に霜を降らせて人々を困らせた。
人々は霜の害から免れるため、毎年16歳の少女を人身御供として鬼八の霊に捧げた。
天正の時代になって、岩井川の城主甲斐宋摂の進言により、初狩の猪1頭、米飯3石3斗3升3合が代わりに供えられるようになった。
以来、この神事は高千穂神社の猪掛祭りとして現在も伝えられている。
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