恋人の丘 |
恋人の丘 |
【観光:恋人の丘】 |
百花亭韓国の扶蘇山に落花岩という岩壁があって、その上に立つ展望台を百花亭という。 扶蘇山落花岩は、7世紀の頃に、百済が唐と新羅の連合軍に攻められたときに、城勤めの女性達が百済に忠誠を示すために、崖下の白馬江に次々に投身したという凄まじい歴史のある土地である。 落花岩という地名は、女性達が民族衣装のチマチョゴリの姿で身を投げて、それがまるで花が落ちていくように見えたのでついた名称。 その落花岩の百花亭を、百済王伝説と師走祭りで有名であり、韓国との交流も盛んな美郷町の南郷区にある恋人の丘に再現した。 恋人の丘の百花亭からは小丸川の流れと、神門地区の街並みが展望できる。 「白村江(はくすきのえ)の戦い」と言われたその戦争では、百済と同盟を結んでいた日本は軍を出した。 白村江の戦いに敗れた日本軍は、撤退するときに、亡命を希望する多くの百済人を連れて帰った。 |
絆の鐘「恋人の丘」に建つ百花亭には「絆の鐘」が取り付けられている。 韓国から友好の証として贈られたもので、ハングルで「百済古都扶餘から百済の里、南郷村におくる音」とメッセージが刻まれている。 韓国では、恋人、親子、兄弟姉妹らが鐘をならすことにより、絆が一層強まるといわれている。 「絆の鐘」が下がる百花亭は丹青(タンチョン)という仕上げが施されている。 朝鮮半島では、寺院などの主要な建物は、この丹青仕上げだという。 「百済の館」と、この「百花亭」の建設にあたっては、韓国から優秀な丹青師を招いて丹青を施した。 丹青は、仏教の由来から、蓮華や龍などの絵を、柱や梁や垂木に塗るもので、その塗料はペンキなどとは違い、朝鮮半島独特の塗料で、耐水性が優れ、木材の保存がよく、百年退色しないという。 |
恋人の丘「恋人の丘」は、古くから展望の名所として多くの恋を実らせてきたという。 かって、恋愛が不自由だった時代、恋人達がここにきて、美しい眺めを見ながら語りあって、思いを実らせてきたという。 ハート形のモニュメントは完成後日が経っていなかったので、まだ誓いの錠は少なかった。 しかし今頃はこのモニュメントには鈴なりに鍵がかかって、誓いをたてた恋人達の思いの重さでステンレス製の柱もたわむほどになっているだろう。 美郷町南郷区では百済王族亡命伝説を縁に、韓国との交流が続いている。 関連ページ(地域):師走まつり 鬼神野溶岩渓谷 |
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恋人の丘の地図:宮崎県東臼杵郡美郷町 Copyright (C) All Rights Reserved ようこそ宮崎 宮崎mini辞典 恋人の丘:宮崎県東臼杵郡美郷町 スポンサードリンク 延岡市の土地建物 門川町の土地建物 |