穀璧 |
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今町の農民佐吉が自分の畑の王之山を耕すときに発見したもので、石棺の中に穀璧をはじめ30余りの宝物が入っていた。 穀璧は北海道の名付け親として知られる幕末の探検家松浦武四郎が譲り受けた後、加賀前田家に売却したとされている。 中国の周(紀元前1046年ごろ~紀元前256年)の時代は、諸侯を公、侯、伯、子、男の5等に分け、王畿(都周辺)以外の領地に封建し、地位の象徴として玉器を与えた。 穀璧は子爵に与えられたもので、串間市で出土した穀壁は直径33.3cm、厚さ6mmの円形で、中央に穴があり、鳥や竜、穀物などの文様がある。 穀璧は、須玖と三雲の王墓からの出土と併せて、僅かに三個発見されただけの稀少な考古資料であるが、完全な形で現存するのは串間出土の穀璧だけであり、その大きさとしても、美術品としても、中国本土で発見されたものより秀れたものであるという。 周、秦、漢と続く中国の歴史の中で漢の金印より古い周の穀璧が出土した串間地方には周王朝と行き来があった子爵に相当する王が存在したと想像する誘惑にかられる。 現在は、東京の前田育徳会に所蔵され、レプリカ(写真)が西都原考古博物館に展示されている。 |
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関連ページ(国宝): 金銅馬具類 |
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穀璧出土付近地図:宮崎県串間市出土 Copyright (C) All Rights Reserved ようこそ宮崎 宮崎mini辞典 穀璧:宮崎県串間市出土 スポンサードリンク |
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