児湯(コユ)は古代からの郡名で、日向国府が置かれた地であり、日本書紀には「子湯県」の地名が見られる。
「コユ」とか「ゴユ」とかいう地名は日本各地にあるが、いずれも峠道にのぞんだ地、または、その付近の山名となっている。
然るに宮崎の児湯の郡名も、「尾鈴山系の山々を越えたところ」の地域という意味で、「コユ=越ゆ」からであるのかもしれない。
現在の児湯郡(こゆぐん)は、人口74,118人、面積715.8k㎡(2010年現在)で、川南町、 木城町、 新富町、 高鍋町、都農町、西米良村の5町1村。
1955(昭和30)年に美々津町が日向市に編入され、1958(昭和33)年には児湯の中心地であった西都市が離脱した。
その西都市にはかって日向国総社とされた都萬(つま)神社が鎮座する。
社名の「都萬」は「妻」のことであり、祭神の木花開耶姫命が瓊々杵尊の妻であることによるとしている。
都萬神社の社名は、時代により、妻(つま)、都萬(つま)、妻萬(つま)、妻萬(さいまん)、當麻(つま)などとされてきたが、いずれも共通のキーワードは妻(ツマ)、すなわち、木花開耶姫命が天孫瓊々杵尊の妻であることによるものである。
「コユ=越ゆ」のことはさておき、木花開耶姫命が産んだ三人の皇子(児)の産湯につかったと伝わる「児湯の池」。
昔時、水の濁った沼地が多い地域にあってこの児湯の池はいつもきれいな水が湧き、里人はこの池のことは「洗ん子=あれんこ」と呼んでいたという。
洗われた児は有名な海幸、山幸などの3人兄弟。
天照大御神の曾孫達であり、神武天皇の祖父山幸の兄弟達である。
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