美々津 |
美々津 |
||||
美々津 |
|||||
美々津は1871(明治4)年に設置された美々津県の県庁所在地であった。 美々津県は旧日向国の宮崎市の大淀川以北を県域としていたが、1873(明治6)年の宮崎県の設置によりわず か14ヶ月で廃止された。 美々津は古くから海の交易の拠点としての歴史があるところで、町の背後にある遺跡からは畿内や瀬戸内様式の 弥生土器が出土している。 美々津が港町として成立するのは江戸時代初期の元禄(1688~1703)年間からで、当時は高鍋藩秋月氏の 支配地であった。 藩主の参勤交代の御船出、御入船の港に指定され秋月氏の屋敷が建てられていた。 美々津の経済面で支えていたのは千石船を所有する廻船業者たちで、彼らは、備後屋、明石屋、播磨屋、泉屋な どといった機内や瀬戸内の地名を屋号として、耳川上流の入郷地区で生産される木材や木炭などを京阪神方面 に出荷していた。 帰りの便で京阪神地方の特産品や美術工芸品を多く持ち帰り、地域文化の担い手ともなっていた。 彼ら廻船業者の活躍はやがて「美々津千軒」と言われるような繁栄をもたらし、明治から大正にかけて最盛期を迎 えた。 美々津の繁栄は大正2年の日豊本線の開通を契機に終息していき、現在では小さな港町となっている。 1986(昭和61)年に国が選定する重要伝統的建造物群保存地区に指定された。 また2007(平成19)年には「美しい日本の歴史的風土百選」に選ばれた。 美々津に残された街並みは、虫籠窓や京格子を「はじめ、通り庭風の土間などに代表されるように、京都や大阪 の町造りを取り入れたものとして注目され、上町、中町、新町の通りは今なお当時の面影を残している。 とくに昭和55年に日向市に寄贈された「旧廻船問屋、河内屋」は、昭和57年に国と県の補助を受け総工費約6 千万円をかけて1855(安政2)年の商家「河内屋」に復元されたもので、日向歴史民俗資料館として会館し、全 国的でも珍しい河口の港町にある江戸時代の町家をしのぶことができる。 |
|||||
関連ページ(日向地域): おきよ祭り 山陰百姓一揆 若山牧水 平兵衛酢 日向碁石 高鍋旅館 ひょっとこ祭り 日向岬と妙国寺 細島港祭り |
|||||
|
美々津の地図:宮崎県日向市 Copyright (C) All Rights Reserved ようこそ宮崎 宮崎mini辞典 美々津:宮崎県日向市 スポンサードリンク 延岡市の土地建物 門川町の土地建物 |
|||||