飫肥街道 |
飫肥街道 |
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飫肥街道 |
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「歴史の道100選」に選ばれている「飫肥街道」、通称殿様街道は、1587(天正15)年から飫肥藩初代藩主 伊東祐兵により飫肥から(宮崎市)清武を結ぶ街道として全線が整備されたと伝えられる。 飫肥街道は現在の県道宮崎北郷選とほぼ同じルートで、飫肥の城下から山仮屋の峠を経由して椿山森林公園 のある双石山、鏡洲、清武の中心地の中野を結んでいた。 飫肥城とその周辺の領地を巡る島津氏との戦において歴史的なドラマが繰り広げられた飫肥街道は、徳川幕府 時代は藩主の参勤交代に使われたほか、庶民や物資が行き来する要路であった。 街道のほぼ中間地点の「山仮屋」には藩の番所の仮屋があった。 十数人の藩士がここに配属されて人の往来や、藩の専売品などの物資の通過を監視した。 高鍋藩の藩主秋月氏は、飛び領地の櫛間(串間)の視察に赴く際にはこの街道を使い、山仮屋に宿泊した。 飫肥藩は食事や風呂などで秋月氏を接待したという。 飫肥街道は明治になって再び整備された。 1892(明治25)年には県内で初めてのトンネル(県有形文化財)が完成。 1919(大正8)年には飫肥小玉自動車が定期便を運行して宮崎飫肥間を3時間余で走った。 飫肥街道は昭和の初期に日南海岸沿いの国道が整備されるまでは日南と宮崎を結ぶ幹線であった。 写真は椿山森林公園にある「殿様道路」の入口である。 |
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関連ページ(日南地方): 飫 肥 小村寿太郎 堀川運河 花立公園 |
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飫肥街道のポイント地図:宮崎県日南市~宮崎市 |
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