【飫肥杉】
飫肥の林業は、飫肥藩の家臣達が藩の財政の窮乏を改善するため、江戸時代の初めの1623年、領内の山林原野にスギを植林したのが始まりである。
その後、植林者に領地を貸し、一定の割合で収益を分ける「部一山」などといわれる部分林制度(現在の分収林制度)を設けて植林を奨励した。
また、藩士の中野金右衛門らを「植木方」に任命して造林の推進に当らせるなどしたため、急速に植林が進み、飫肥の林業の基礎を築いた。
明治になって、これらの植林地の多くは国有林になったが、部分林制度はそのまま引き継がれ、南那珂地域を中心に飫肥林業地域として発展し、現在に至っている。
飫肥杉は、樹脂分が多く、耐久性に優れていることなどから、かっては弁甲材(造船用材)として瀬戸内地方や韓国などに出荷されていたが、木造船の需要が減少したため、現在では建築用材を目的として育てられている。
スギが山々の稜線まで延々と続くこの景観は、宮崎県下の林業地を代表して日本一の杉景観といえる。
※ 飫肥杉の特徴
樹脂を多く含むので水切りが良い。
耐久性・強靭性がある。
弾力性があり、湿気に強く腐れにくい。
芯材(赤身の部分)は白アリに侵されにくい。
樹幹の形質は根曲り幹曲がなく、幹の断面は正円形で加工しやすい。
杉の防虫効果、通気性と防湿性などが、現代病(アトピー性皮膚炎など)に効果があるといわれている。
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