おきよ祭り |
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【祭り:おきよ祭り】 |
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![]() 海の見張り番は(旧暦)8月1日の朝の風の向きや潮の流れが出航に最適であることに気が付いてカムヤマトイワレビコノミコト(神武天皇)に報告した。 それを聞いたミコトは予定より1日早いがすぐさま出航することを決めた。 軍はすでに準備は完全に整っていたのでいつでも出航することは可能であったし、むしろ兵の一人一人は今か今かと逸る気持ちを抑えていた。 出航が全軍に告げられた。 兵達が船を出すために港に集まり始めると村人もその気配に気づき、村はにわかに緊張が高まってきた。 兵糧などの積み込みはすんでいたし村人が負担すべきことも既に全て終わっていたが、短い期間ではあったものの、軍船の建造や訓練など、東征の準備のために過ごした間に美々津の村人はミコトを深く敬愛するようになっていた。 そのミコトが出航するというのに多くの村人がまだ眠っている。 兵士の一人ひとりに持って行って貰いたいと準備していた団子も急いで作らないいけない。 間に合わないと思った村人は子供達を起こして村の家々を起して廻らせた。 子供達は「おきよおきよ」と声高に言いながら村中を歩き、家々を叩いて起して廻った。 「起きよ起きよ」「お船出に間に合わんぞ」。 それ以来美々津ではその日のことが祭りとなった。 ミコトの率いる軍が出航したという旧暦8月1日の早朝の4時過ぎからの約1時間。 美々津の子供達が家々を起こして廻る「おきよ祭り」がある。 家々では玄関に短冊を飾り、、「つきいれ餅」を作って神武天皇の東征の出発のときをしのぶ。 「つきいれ餅」とは、急な出発に間に合わせるために用意しておいた材料の米粉と小豆を混ぜ合わせて、捏ねて、蒸して、臼で搗いて造った団子の変形。 家々に飾られたササ竹は神武天皇が通ったとされる美々津沖合いの七ツバエに向けて流される。 |
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