おきよ丸
おきよ丸の名前は、美々津に残るおきよ祭りの由来による。
1940(昭和15)年、皇紀2600年祭の行事の一つとして神武天皇の東征の船出の地の伝承にちなんだ軍船「おきよ丸」による航海の再現がなされた。
「おきよ丸」は、前年の9月に耳川河口近くの匠ケ河原(たくみがこら)で起工式があり、約半年の月日をかけて完成した。
西都原古墳群から出土した船型埴輪をモデルとしたため、その構造は複雑なものとなり、また材料の調達にも苦労したという。
長さ21メートル、幅5.4メートル。
言うまでもなくエンジンなどはなく、船の推力は人力と風力のみだった。
2人漕ぎの櫓が24挺(ちょう)で、帆と併用すれば速力5ノットが出せた。
「おきよ丸」は昭和15年4月18日美々津港を船出した。
美々津港を出発直後に天候が崩れ、船は木の葉のように波間に漂い、櫓は虚しく空を切ったという。
神武天皇の東征の航跡をたどり、12日間の航海の経て大阪中之島に到着した。
|