佐土原人形

 
 
 

【工芸・民具:佐土原人形】

 

 
宮崎市 佐土原町上田島に多楽院(真言宗)があり、多楽院から町に出る通りを高麗町(これまち)という。

1597(慶長2)年の豊臣秀吉が起こした朝鮮の役で連れて来られた高麗の人々が住んだ所である。

高麗の人々が、離散した家族の平安とわが身の幸運を祈るために土人形を作ってお祭りをしたのが 佐土原人形の起源だという。

200年程前からは、佐土原商人の手によって、京都伏見稲荷の人形を原型にして製作されるようになっていった。

祈りの人形は、一年を通して置いておく縁起人形と、子供の節句人形とがあったが、時代の経過とともに風俗人形が増えて、とくに庶民が人気役者のブロマイド代わりに求めたという優れた歌舞伎人形が多く作られた。

饅頭喰い人形」も、伏見から伝わったものだが、佐土原で形を変えて生き残った。

子供に「お父さんとお母さんとどちらが大切か」と、尋ねたところ、子供は手に持っていた饅頭を2つに割って、「これどちらがおいしいか?」と反問したという逸話を持つ人形である。

饅頭喰い人形は全国のあちこちに残っているが、伏見などの「饅頭喰い人形」が男の子なのに対して、佐土原の「饅頭喰い人形」は大正の始めに女の子になった。

佐土原人形店「ますや」の三代目坂本兵三郎が、人形は女の子が持つから女の子にした方がいいとの理由からだったという。

関連ページ(地域): 巨田神社  鴨網猟  鯨ようかん  神代独楽

 
 
高麗の人々が住んだという高麗町付近地図:宮崎県宮崎市佐土原町


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