
【天の逆鉾】
『古事記』によれば、伊邪那岐(イザナギ)・伊邪那美(イザナミ)は、別天つ神(コトアマツカミ)たちに漂っていた大地を完成させることを命じられ、天沼矛(あめのぬぼこ)を与えられた。
伊邪那岐・伊邪那美は、天浮橋(あめのうきはし)に立って、天沼矛で、渾沌とした大地をかき混ぜたところ、矛から滴り落ちたものが、積もって淤能碁呂島(おのごろじま)となった。
伊邪那岐命と伊邪那美命はかき混ぜるときに天沼鉾の柄でかき混ぜたため,槍の刃が天を向く形となったことから,天沼鉾は天逆鉾(あまのさかほこ)と呼ばれている。
その後、天逆鉾は大国主神を通して瓊々杵尊(ニニギノミコト)に譲り渡されて天孫降臨後の国家平定に役立てられたが、国家の平安を願い矛が二度と振るわれることのないようにとの願いをこめて高千穂峰に突き立てたという伝承がある。
高千穂の峰の天逆鉾は、一説によると奈良時代には既に存在していたといわれるが、現在残っているものはレプリカである。
坂本竜馬が妻のお竜を伴って怪我の治療を兼ねた新婚旅行の際、高千穂の峰に登ったことはよく知られたことだが、そのときのことを竜馬の姉の乙女に書いて送った手紙には次にように書かれている。
『 逆鉾、荒金にてこしらへたものなり。この逆鉾は少し動かして見たれば、よく動くものなり。又あまりにも両方へ鼻が高く候まま、両人が両方より鼻おさえて、エイヤと引き抜き候えば、わずか四五尺ばかりのものにて候間、またまたもとの通りおさめたり
』
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