【狭野杉】
慶長4年といえば関が原の戦いの前年にあたるが、当時の島津氏の当主義弘は、家臣の新納武蔵守忠元を遣わして、狭野神社の別当寺の神徳院の住職、宥淳法印と協力して杉を植栽させたものと伝わる。
豊臣秀吉の朝鮮出兵に従軍する際に戦勝を祈願し、この年無事に帰還したお礼として奉納した。
狭野神社の別当寺の神徳院は、平安時代ころから、天台、真言の両宗派に属する修験僧たちがきて修行をした道場であったと考えられ、江戸時代には参詣者も多かったようだが、明治の廃仏毀釈で廃れてしまった。
狭野杉は大正13年に、国の天然記念物に指定された。
しかし、近年の台風により被害を受け現在10本を残すのみとなっている。
写真は樹齢400年、樹高61.3m、目通り6~7m、根元9mの杉である。
狭野神社は、昭和9年にブッポウソウ繁殖地として鳥類の国の天然記念物に指定されている。
その解説は次のようになっている。
古來佛法僧ノ渡來蕃殖地トシテ著名ナリ
佛法僧ハ此ノ地方ニテハ宮鳥トモ呼バル東亜及南洋ニ廣ク分布スレトモ本邦ニ於テハ稀ナリ
毎年四月下旬頃渡來シテ老樹ノ洞穴ニ營巣蕃殖シ九月上旬歸去ス
広大な狭野神社の敷地に残る豊な自然があればこそのブッポウソウである。
この老樹の茂みの中の胴穴でブッポウソウが巣を作り、密かに雛を育てているのかと想像すると、さらに興味深いものがある。
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